https://diamond.jp/articles/-/335158
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ラピダスが先端半導体の国産化に成功するには、製造ノウハウだけでは足りない――。2008年のノーベル経済学賞受賞者で経済学者のポール・クルーグマン氏は、そう指摘する。特集『半導体戦争 公式要約版』(全15回)の#10では、週刊東洋経済の「ベスト経済書・経営書2023」にも選ばれた『半導体戦争』(クリス・ミラー著)を読んだクルーグマン氏に、同書の読むべきポイントや米中対立の行方、日本の半導体産業やラピダスの未来について語ってもらった。(取材・構成/国際ジャーナリスト 大野和基)
半導体戦争で米国や日本が台湾にいかに負けたか
目の前の機会を逃してきたかが手に取るようにわかる
クリス・ミラー氏の“Chip War”(『半導体戦争』)は、半導体が今世界で経済的にも地政学的にも最も重要なものであることを知るのに最適な著書です。非常にtopical(最近関心の高い)な内容で、米国や日本が半導体戦争で、台湾にいかに負けているか、目の前にあった機会をいかに逃してきたかが手に取るようにわかります。
さらに半導体開発において、イノベイターや起業家の活躍が詳細にわかり、riveting(人の心を虜にする)な力作です。しかも米国のCHIPS法(対中国半導体規制)が成立したのとほぼ同時に出版されたので、まるでその法律の成立を予測していたかのように感じました。その意味で、出版のタイミングは完璧でした。私の知人の経済学者はみんな読んでいます。学生たちにも勧めています。
まずCHIPS法は2022年8月に可決されましたが、その法律で支援を受ける企業に対し、今後10年間、28ナノメートル未満の半導体製造にかかわる中国向け投資の禁止を発表しました。さらに、2カ月後の10月7日に新たに半導体関連の輸出禁止項目を発表しました。それらによると、18ナノメートル以下のDRAM、128層以上のNANDフラッシュメモリ、3ナノメートル以下の回路や基盤を設計するEDAツールは原則輸出できなくなります。
私が注目したのはまさに10月に発表された輸出禁止の措置です。これは米国だけではなく、日本を含む他の先進国にも制限を加えることになります。この制限は頗るアグレッシブな措置ですが、これには明白な目的があります。
それは中国が先端半導体を製造する試みを阻止することです。
中国が台湾に軍事侵攻をするのは時間の問題であると言われています。そのときに米国が軍事介入するでしょうが、先端半導体を製造する能力が中国にあれば、間違いなく中国はそれを軍事利用します。
CHIPS法の成立は、米中関係にどう影響していくのか。また、日本の半導体産業はどう立ち回るべきなのか。次ページでは、ラピダスについて「製造ノウハウだけでは成功しない」と指摘したクルーグマン氏に、今後の各国の半導体産業を読み解く上でのポイントや、ラピダスが成功するための条件を解説してもらった。
経済合理性より安全保障を重視した米国
中国の“邪悪な”やり方に今まで以上に注意
今回の米国側の措置は明らかに経済的な合理性よりも安全保障を重視しています。それは当然のことです。永久とは言いませんが、当面中国の先端半導体製造が不可能になることはほぼ間違いないでしょう。
最終的に中国が先端半導体を製造することができるかどうかは、中国国内でその技術を持っている企業が出てくるか、あるいはスパイ行為でその技術を盗めるかどうかにかかっています。今までも直接企業にスパイを送りこんだり、サイバー攻撃で技術を盗んだりしていましたが、そういう“邪悪な”やり方には今まで以上に注意しなければならないでしょう。
これを大局的にみると、中国はグローバリゼーションを悪用してきたということです。ずる賢く利用してきたと言ってもいいでしょうが、グローバリゼーションは元々グローバルに民主化を推進するはずでしたが、今起きていることはその逆で、国際的な対立を引き起こしています。
ミラー氏が言うように、Weaponized Interdependence(武器化した相互依存)が起きているのです。
従来の貿易戦争は自分たちの市場へのアクセスを制限することによって、経済パワーを行使しようとしますが、その経済パワーは他国の、自国のcrucial goods(半導体のように軍事利用できるほど重要な部品など)へのアクセスを制限する能力から来るのです。
この新しい経済パワーのほとんどは米国が持っています。もちろんこういう経済的プレッシャーを中国にかけられるのは、米国だけではありませんが、今は経済的効率を重視すると中国はそれを悪用するので、安全保障を優先するしかありません。相互依存は聞こえがいいですが、地政学的に不安定な状況では必ず中国やロシアのようなbad actor(悪人)が出てきて、それを悪用します。
エスカレーション・ドミナンス(escalation dominance)は、トーマス・シェリングやハーマン・カーンが提唱した概念で、〈紛争当事者が、敵に不利な、あるいは敵にコストのかかる方法で紛争をエスカレートさせる能力を持つ一方、敵はエスカレーションの選択肢がないか、あるいは利用可能な選択肢では状況を改善できないために、同じことをやり返すことができない状態〉のことです。私はこの概念をテクノロジーについても適用します。
米国がファーウェイに対して制裁を科したとき、中国は反撃しませんでした。これだけでも米国はまだテクノロジーに関しては、エスカレーション・ドミナンスを有しているということでしょう。
ニューヨーク市立大学大学院センター教授/1953年米国生まれ。イェール大学で学士号を、マサチューセッツ工科大学で博士号を取得。大統領経済諮問委員会の上級エコノミスト、世界銀行などの経済コンサルタントを歴任。2008年ノーベル経済学賞受賞。 Photo by K.O.
石油以上に半導体に投資してきた中国
今後の注目は低価格半導体の生産能力増
バイデン政権の中国に対する措置は、中国に先端半導体を製造させないようにするためのものですが、これは今までにないほどアグレッシブな措置です。米国がブラックリストに入れている企業は2018年1月から2022年3月の間に130社から532社まで増えました。中には倒産する企業も出てくるでしょうし、“ゾンビ企業”になるところも出てくるでしょう。ファーウェイが米国から制裁を科せられたとき、2021年の売り上げは30%減少しました。
中国がインソース(アウトソースの反対で、国内ですべて調達し、製造まで行う国産化)する前に、先端テクノロジーのサプライチェーン全体を強制的にデカップリングするということです。換言するとこれはeconomic containment(経済的封じ込め)で、最新武器を製造するのに必要な最先端半導体を製造する能力を失わせるためです。
先端半導体は武器だけではなく、中国が世界的支配をもくろんでいるAI(人工知能)やバイオサイエンス、宇宙、eコマースなどのセクターでも必要です。米国はウクライナに軍事侵攻したロシアに対して重い制裁を科していますが、中国に対しても容赦ない措置を実施するのです。
中国政府は2014年から9年間、年に何百億ドルもの資金を自国の半導体産業につぎ込んできました。石油につぎ込んできた資金よりも多い。半導体産業を強化するには、莫大な資金がかかることを正しく認識していたからです。しかし、中国政府はその資金を賢明に投資することができませんでした。投資利益率は今のところ頗る悪いです。
でも投資された額は莫大な額であるので、ある程度の成功もあります。例えば、YMTCという中国の企業は、メモリーチップの分野で、かなり進歩を遂げています。メモリーチップの設計では、中国の能力は少し芽を出しています。
これからの2、3年で最も重要であると思うことは、低価格の半導体に関しては、中国がその生産能力を大いに伸ばすことです。この安価なタイプの半導体は中国が国内で製造するノウハウを持っているからです。中国が先端半導体を生産できないのは、それにかかわるノウハウを持っていないからで、それを獲得させないために米国は強硬措置を取ったのです。
ラピダス設立で感じる日本の焦燥感
製造ノウハウだけでは成功しない
日本は半導体の分野で米国と同様、その重要性に気付くのは確かに遅れました。22年に設立されたラピダスに出資した企業をみると、トヨタ自動車やNTT、NEC、ソニーグループ、ソフトバンク、デンソー、キオクシア、三菱UFJ銀行など各分野のトップです。IT大手米IBMと組んで研究開発するのをみると、何としてでも先端半導体製造の遅れを取り戻さなければならないという、一種の焦燥感も感じるほどです。
国産化に成功するには、製造のノウハウだけでは足りません。TSMCが成功したのは単には先端半導体を製造するノウハウを持っているだけではありません。サプライチェーンに精通していること、オンタイムに製品を届けることで信用を獲得したこと、ビジネスモデルが確立していることが挙げられます。
そのビジネスモデルは、設計や製造も行うインテルやサムスンと違って、他社で設計された半導体を製造する委託製造会社であることです。効率とコスト削減を重視したファウンドリー・モデルこそが、TSMCを成功させたビジネスモデルなのです。このファウンドリー・モデルがミラー氏の言うように、多くのファブレス半導体設計会社を生み出しました。
ですから日本にTSMC工場ができる意義は大きいです。そのビジネスモデルを目の当たりにするからです。また、IBMに加えて、極端紫外線(EUV)と呼ばれる極端に短い波長の光を用いた半導体露光技術を持っているオランダの半導体製造装置メーカーASMLと連携したことも大きいです。というのもこの半導体装置はASMLがシェア100%を有しているからです。2ナノメートルレベルの半導体回路は、この露光装置がないと製造できません。
今の日本の技術水準では、半導体の回路線幅が40ナノメートルレベルのものしか作れないといわれていますが、ラピダスでは一気に2ナノメートルの最先端半導体の量産を目指しているようです。それが成功するかどうか私が予測することはできませんが、日本にTSMCの工場ができて、オランダのASMLの100%の協力があれば、そこには大きな希望があります。ASMLとの連携やTSMCの日本での工場建設はまさにdeus ex machina(救いの手)です。
英語のイディオムに“when the chips are down”という表現があります。これは〈切羽詰まったときに〉とか〈いざという時に〉という意味で、chipはポーカーなどで使うお金の代わりになる点棒のことです。最後の賭けとしてchipsがボードの上に置かれ、変更が許されない状態です。
またミラー氏の著書のタイトル“Chip War”にもあるように、chipは〈半導体〉の意味もあります。ラピダスの設立はまさに“when the chips are down”の状態と言えます。
Key Visual by Noriyo Shinoda
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