技術進歩は、時代を開く鍵と言えるだろう。戦後の日本に訪れた高度経済成長は「鉄鋼」と「半導体」が発展の両翼になった。この両産業が、奇跡的に復活を遂げようとしている。日鉄はUSスチール合併という形で、半導体は米国IBMの支援で最先端半導体へ挑戦する。さらに、NTTは光半導体という世界初の分野で存在感を示す。そのうえ、高度経済成長時と異なる一点がある。現在は日米協力という新たな強力チェーンが存在することだ。日米が協力体制を築くことは、日本へ「永遠の発展」を約束するだろう。(『 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)

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プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。

「半導体の日本」が復活へ

半導体受託生産の世界最大手、TSMC(台湾積体電路製造)熊本工場は、2月24日に開所式を行う。22年4月に工事着工以来、18ヶ月という最速で竣工した。23年末には機械搬入を始めており、24年末には製品出荷の運びである。

熊本工場建設を担ったのは、鹿島である。国策半導体ラピダスの北海道・千歳工場建設も鹿島が行う。ラピダスは、23年9月に起工式を済ませており、25年4月には「2ナノ」(10億分の1メート)の次世代半導体試作品を発表予定だ。27年から、量産化という過密スケジュールである。

このように、ラピダスもTSMCに負けないスピードで取り組んでいる。この裏には、日本半導体産業の持つ潜在的成長力の大きさが、いかほどであるかを窺わせている。

1980年代後半、世界半導体の半分強の生産シェアを誇った日本半導体は、米国の半導体戦略に巻き込まれて力を失った。現在のシェアは10%見当で、「40ナノ」半導体程度の生産である。

だが、潜在的な半導体生産能力を生かし、米国IBMや海外の半導体研究所と提携して、一挙に「2ナノ」半導体へと飛躍する構えだ。「腐っても鯛」という言葉どおりに、日本半導体の擁する総合的技術力の高さを証明しようとしている。

象徴するTSMC熊本工場

TSMC熊本工場建設過程は、TSMC本社を驚かせるに十分であった。工事は、新型コロナウイルス禍でも異例の24時間体制で行われた。熊本県知事の蒲島郁夫氏は、「10年近くかかってもおかしくない工事と聞く。かつてないスピード感だ」と語ったほどである。

TSMCは、米国アリゾナ州にも工場を建設中である。だが、同州の労働組合との調整が長引き、2024年末の操業予定が25年以降にずれ込んでいる。日本は、工場誘致時期で遅れたが、結果的に遅れを取り戻して米国工場よりも早い操業になる。TSMC創業者である張忠謀氏は、「米国の労働者は、不器用で勤勉さを欠く。半導体という高度な製品をつくる場所としてふさわしくない」と公言しているほどだ。

一方で、張氏は日本を高く評価する。昨秋の記者会見で、「日本は(半導体製造に)理想的な場所だ。土地や水、電力が豊富で、仕事文化もよい」と述べたのだ。日本の半導体事情は、台湾に比べても潜在的な優位性が存在することを再認識させるものである。

それは、次の3点に要約できよう。

1. 工業用水・水資源・工業用地・電力などが豊富
2. 専門技術者が多い
3. 設備・素材などの高い技術水準

(1)水資源は、台湾に比べれば豊富である。年間降雨量は、日本が台湾の6.4倍、韓国の6.2倍もある。台湾の水資源の8割は、台風によってもたらされている。このため、台風が1回も襲来しなかった2021年は大変な「水飢饉」となり、半導体がつくれないという騒ぎが起こった。日本は、地下水が豊富であるからそのような懸念はない。

(2)台湾では、兵役に服するか半導体技術者になるかという選択をさせている。政府が、半導体技術者養成に力を入れている証拠だが、総人口は2,342万人(2023年)と日本の5分の1である。これでは、半導体技術者の確保でいずれ限界に突き当たる。その点で、日本では多くの国立大学・私立大学が半導体技術者の養成(工学部電子工学科)を行っている。

(3)日本は、1980年代後半に世界の半導体で5割強の生産シェアを誇った。それだけに、半導体製造設備から半導体素材までワンセットで先端技術を蓄えている。TSMCは、筑波市に研究所を設けており、日本の半導体素材メーカーが研究に参加している。TSMCが、もっとも信頼できる国は日本をおいてほかにないのだ。

TSMCは、熊本工場建設過程によって日本が半導体生産で最適性を持っていることを認識した。この結果、2月24日の開所式では第2工場建設を発表するとみられている。続いて、熊本に第3工場を、第4工場は福岡県に建設すると報じられている。九州が、半導体製造基地として最適という判断である。

熊本工場の膝元である菊陽町は、人口流入が続いている。現在人口は、4万9,318人(23年12月末)と年初から13%という急増ぶりだ。この結果、市制移行が視野に入ったとされている。JR新駅や九州最大級のスポーツ施設も計画されるなど、「21世紀型の企業城下町」へ変貌している。

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