https://www.nitech.ac.jp/news/press/2023/10980.html
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発表のポイント
〇 合成困難な全炭素四級立体中心(*1)の構築に成功
〇 フッ素化合物からフッ素を除去し、全炭素四級立体中心を合成
〇 フッ素系医薬やフッ素系農薬(*2)に適応可能
〇 除去したフッ素は無機物として回収、フッ素循環社会(*3)に貢献
概要
全炭素四級立体中心は、多くの天然物、生理活性分子に頻出する重要な構造単位です。2011年以降に米国で汎用される処方薬約200種類のうち、少なくとも12%が全炭素四級立体中心を含んでいることが報告されています。しかし、医薬品全体ではその数は依然として少なく、医薬品合成へ適応可能な効率的合成手法の開発が望まれています。
名古屋工業大学大学院工学研究科の周軍特任助教、趙正宇氏(共同ナノメディシン科学専攻3年)、森聡一朗氏(研究当時:工学専攻生命・応用化学プログラム2年)、山本勝宏准教授(工学専攻(生命・応用化学領域))、柴田哲男教授(共同ナノメディシン科学専攻および工学専攻(生命・応用化学領域))らの研究グループは、全炭素四級立体中心構造を効率的に構築する合成手法を開発しました。この手法の特徴は、フッ素化合物からフッ素を除去しながら、アレン化合物とクロスカップリングすることにより、アレン部位の異性化を得て非フッ素系の全炭素四級立体中心のアルキニル化合物を合成するところにあります。アルキニル部位は医薬品に見られる部分構造であるだけでなく、他の官能基への化学変換が可能なため、本手法で得られる化合物は、医薬品、農薬、電子材料やそれらの原材料として利用できます。さらに、反応過程で除去するフッ素は、無機フッ素化合物として回収できるため、フッ素循環社会を後押しする技術とも言えます。SDGsに適った本手法は医薬化合物製造の新技術としての活用が期待されます。
この研究成果は、2024年3月1日に英国王立化学会(The Royal Society of Chemistry、RSC)の国際学術誌「Chemical Science」のオンライン速報版で公開されました。また、"2024 Chemical Science HOT Article Collection"に選ばれました。
研究の背景
有機合成化学における困難な課題の1つに、全炭素四級立体中心1、とくに非環状系の全炭素四級立体中心の合成方法があげられます。多くの研究者がこの課題に果敢に取り組んでおり、とりわけ、アルキニル構造を持つ全炭素四級立体中心化合物2は、生理活性物質に用いられる部分構造であると同時に、アルニル部分を足がかりとする分子変換反応が可能であることから、合成中間体としても重要です(図1)。これまでに、遷移金属触媒を用いる合成方法などが報告されていますが、高温の反応条件や、基質適応範囲が限定されるなど諸問題を抱えていました。今回、柴田教授らは、遷移金属触媒も高温条件も必要とせず、室温から50度の温和な反応条件下で全炭素四級立体中心のアルキニル化合物2を、簡便に構築する合成方法を見出しました(図2)。
図1.全炭素四級立体中心の構造
図2.開発した全炭素四級立体中心構造を構築するクロスカップリング反応
研究の内容
本発明の独創性は、クロスカップリング反応において、有機ヨウ素、臭素、塩素といった従来のハロゲン化物に代わり、有機フッ素化合物を用いることにあります。フッ素と炭素の結合(C-F結合)は、炭素が形成しうる共有結合の中で最も強固であるため、カップリング反応や官能基導入反応に際してC-F結合の切断を伴う合成戦略は一般に回避されます。遷移金属触媒を利用しても、C-F結合を切断するには、高温条件などの強力なエネルギーが必要です。さらに、アルキンを直接用いるのではなく、アルキンの構造異性体であるアレンをカップリングパートナーとして採用することも、本発明の特徴の一つです。フッ素とアレンという不均質な組み合わせの下で、遷移金属触媒や高温条件を必要とせず、ホウ素、ケイ素、カリウムを組み合わせた独自の電子移動反応系を創出することにより、全炭素四級立体中心を有するアルキン化合物の合成を可能としました。アレン末端のC-H結合がラジカル切断された後、Frustrated Radical Pair (*4)を形成します。Frustrated Radical Pair C内でアレンラジカルがアルキンラジカルへと異性化しFrustrated Radical Pair Dとなり、このDに有機フッ素化合物が取り込まれると、アレンラジカルとホウ素ラジカルとの協働作用(TS-I)により、強固なC-F結合が切断されてクロスカップリング反応が終結し、全炭素四級立体中心のアルキニル化合物2が合成され、フッ素はフッ化カリウム(KF)として排出されます(図3)。基質としてのフッ素化合物は芳香族フッ素、複素環フッ素やベンジルフッ素などにも適用でき、広い基質適用性を備えています。本手法を用いることにより、既存のフッ素部位を持つ生理活性物質や液晶材料物質からの非フッ素系の全炭素四級立体中心物質への変換にも成功しました(図4)。
図3.Frustrated Radical Pairが関与するクロスカップリング反応のメカニズム
図4.本手法によって合成された全炭素四級立体中心のアルキニル化合物群
社会的な意義
本研究では、フッ素化物とアレン化合物との間でのクロスカップリング反応を開発しました。フッ化物、特に芳香族フッ素化合物は、医薬品や農薬の重要な部分構造として広く利用されており、多種多様なものが市販されています。アレン化合物も、簡便な方法で合成可能な化合物です。本研究で開発したクロスカップリング反応は、これら入手容易な2種の化合物を自在に組み合わせることで、全炭素四級立体中心を有する複雑かつ多様な化合物を効率的に合成することを可能にします。医薬品物質の中には、全炭素四級立体中心構造を持つものが数多く存在し、本研究で開発した反応は、これらの物質の合成において、産業的にも大きな価値を持つと考えられます。また、本反応は、光、熱、触媒などを必要としない簡素な条件で進行することも、合成の利便性を高める点として注目されます。
今後の展望
フッ素は、現代社会において多様な産業に不可欠な元素です。フッ素樹脂や医薬品、農薬の部分構造としてのフッ素化合物はもちろんのこと、液晶や有機ELなどの先進的な機能性材料にもフッ素化合物が活用されています。しかし、フッ素化合物の利用には、環境や健康への悪影響も伴い、オゾン層を破壊するフロン(*5)や生物体内に蓄積するPFAS(*6)などがその代表例です。有機フッ素化合物が示す堅牢性は、その利点であると同時に、環境負荷の原因ともなり得ます。本研究で柴田教授らは、フッ素化合物からフッ素を効率的に除去するカップリング反応を開発し、非フッ素系化合物を高収率で合成することに成功しました。この反応では、原料に含まれていたフッ素をKFとして分離・回収することができます。この手法は、フッ素の有効利用と循環を実現するものであり、フッ素循環社会の構築に向けた画期的な一歩と言えます。今後は、本手法のメカニズムをさらに解明することで、不要になった有機フッ素化合物の分解・再生への活用を目指し、環境と調和するフッ素化学の新たな展開への貢献が期待されます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「分解・劣化・安定化の精密材料科学」(研究総括: 高原 淳(九州大学 ネガティブエミッションテクノロジー研究センター 特任教授)における研究課題「フッ素循環社会を実現するフッ素材料の精密分解」(研究代表者: 柴田 哲男)(課題番号JPMJCR21L1)の支援を受けて実施しました。
論文情報
論文名: Cross-coupling of organic fluorides with allenes: a silyl-radical-relay pathway for the construction α-alkynyl-substituted all-carbon quaternary centres
著者名: Jun Zhou, Zhengyu Zhao, Soichiro Mori, Katsuhiro Yamamoto, and Norio Shibata* *責任著者
掲載誌: Chemical Science
公表日: 2024年3月1日
Journal link: https://doi.org/10.1039/D3SC06617G
用語解説
(*1)全炭素四級立体中心
有機分子内において、中心に配置された炭素原子が4つあり、かつその炭素原子が他の原子と結びついている構造を指します。通常、これらの炭素原子は四面体状に配置されており、その周りに他の原子や官能基が結合しています。
(*2)フッ素系医薬、フッ素系農薬
化学構造にフッ素原子やフッ素官能基を持つ医薬品、農薬のこと。柴田らの調査(2021年)により登録されている医薬品のうち340種類以上、農薬では420種類以上がフッ素物質であることが判明しています。
(*3)フッ素循環社会
フッ素の源は、フッ化カルシウム (CaF2) などの無機フッ素化物で、それらは天然に存在する蛍石に含まれています。そのため、フッ素化合物を製造するには蛍石の採掘が伴います。しかし、蛍石の採掘を続けるといずれは天然の蛍石が枯渇してしまう恐れがあります。そこで、現在使用されているフッ素製品を分解して無機フッ素化物に戻し、再利用することが重要視されます。この一連の流れがフッ素循環社会です。
(*4)Frustrated Radical Pair
Frustrated Radical Pairは、Frustrated Ion Pair(FLP)の一種で、嵩高いルイス酸と嵩高いルイス塩基の間で単電子移動が起こり、ルイス酸とルイス塩基の両方がラジカルになる対構造を言います。このラジカル対は、高い反応性を持ち、化学結合の活性化に応用されています。
(*5)フロン
クロロフルオロカーボン(CFC)およびヒドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、ヒドロフルオロカーボン(HFC)などの総称です。冷媒、溶剤としてさまざまな産業で広く使用されています。しかし、CFCやHCFCは、オゾン層を分解して、いわゆる "オゾンホール "を形成することが判明したため、それらの生産と使用はほぼ廃止されています。使用が許可されているHFCも地球温暖化に大きく影響を及ぼすことが指摘され、現在、生産と使用を制限または禁止する規制が実施されています。
(*6)PFAS
パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)の略称で、さまざまな工業製品に使用されています。たとえば、熱、水、油に強いため、焦げ付きにくい調理器具、食品包装、汚れにくい布地などの製品に使用されています。しかし、近年になって、PFAS系の化学物質は環境中に残留し、時間の経過とともに人間や動物の体内に蓄積される可能性があることがわかってきました。現在、世界中の多く機関が、PFAS化学物質の使用を禁止する措置を取っています。
お問い合わせ先
研究に関すること
名古屋工業大学大学院工学研究科共同ナノメディシン科学専攻
教授 柴田 哲男
TEL: 052-735-7543
E-mail: nozshiba[at]nitech.ac.jp
広報に関すること
名古屋工業大学 企画広報課
TEL: 052-735-5647
E-mail: pr[at]adm.nitech.ac.jp
*それぞれ[at]を@に置換してください。
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