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超高層ビルの制振構造に革命をもたらす新システムが登場した。清水建設は2022年9月22日、制振装置の設置台数を従来と比べて大幅に削減しつつ、地震時の揺れを半分以下に抑えるシステム「BILMUS(ビルマス)」を、25年に竣工予定の超高層ビル「芝浦プロジェクト」S棟に初導入すると発表した。
「BILMUS(ビルマス)」の概念図(出所:清水建設)
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芝浦プロジェクトは、野村不動産とJR東日本が都内で進める大規模再開発だ。高さが約235mで、延べ面積が約55万m2の巨大ツインタワー(S棟とN棟)を浜松町の旧・東芝ビルディング跡地に建設する。先に完成する南側のS棟にBILMUSの導入が決まった。
「芝浦プロジェクト」の完成イメージ。浜松町駅近くにツインタワーが立つ。左がS棟(出所:野村不動産、JR東日本)
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「芝浦プロジェクト」S棟の構造パース(出所:清水建設)
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BILMUSを採用する超高層ビルでは、上層階と下層階を構造的に独立させ、両者を積層ゴムとオイルダンパーで連結させる。上層階と下層階が地震時に互いの揺れを打ち消し合う方向に動くことで、「ビル自体を巨大な制振装置のようにしてしまう。それがBILMUSの発想の根幹だ」(清水建設設計本部構造設計部2部の今井克彦グループ長)。中間層免震とシステムの構成は似ているが、考え方は似て非なるものだ。
上層階と下層階を積層ゴムとオイルダンパーで連結(出所:清水建設)
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BILMUSに似たシステムが過去になかったわけではないというが、「当社が知る限りでは極めて珍しく効果的な仕組みであり、かつ芝浦プロジェクトS棟クラスの超高層への導入は初めてだろう」(清水建設設計本部構造計画・開発部の広瀬景一部長)。
ビルそのものを「制振装置」にする発想だ(出所:清水建設)
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連結部は、上層階の重さがビル全体の重さの10~50%になる位置に設ける。積層ゴムで上層階の揺れの周期を調整し、大きな制振効果を生み出す。地震時の上層階の揺れ(加速度)を、最大で従来の制振構造の半分以下に抑制できる。家具や什器(じゅうき)の転倒、内外装の損傷を減らす効果が期待できる。
ビル内に設置するダンパーの台数も大幅に削減できるため、有効面積を増やせるのもメリットだ。眺望を確保しやすくなるなど、設計の自由度も高まる。
制振ダンパーの設置台数を大幅に削減できる(出所:清水建設)
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連結部には積層ゴムとオイルダンパーのほかに、2つの仕組みを取り入れた。1つは強風時に積層ゴムの変形を抑止する「ウィンドロック」、もう1つは巨大地震の際に連結部の過大変形を防止する安全装置「eクッション」である。連結部の設置コストは制振装置の台数削減で相殺されるので、上振れはしないという。
ウィンドロックは、強風時に油圧ジャッキで直径70㎝の摩擦板を押し上げ、上層階の構造体に設けたステンレス板に押し付けることで、連結部の水平変形を防止する。これによって、連結部を貫通するエレベーターの稼働を維持する。強風時であっても、地震時にはロックをすぐさま解除する。風速は最上階の風速計、地震力は地上階の地震計でそれぞれ計測し、ジャッキを制御する。
強風時の耐風ロック機構「ウィンドロック」(出所:清水建設)
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一方、リサイクル材のゴムチップを接着剤で固めて成型したeクッションは、上層階の構造体から伸び出たH形鋼の「立下り柱」に設置する。大地震で連結部に一定以上の水平変形が発生しそうになると、連結部の床に設置した鉄骨梁(はり)に衝突。変形を所定の範囲にとどめる役割を果たす。
連結部の過大変形を防止する装置「eクッション」(出所:清水建設)
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下層階の制振装置を200台以上削減
BILMUSを導入する芝浦プロジェクトS棟は、地下3階・地上43階建てだ。地上1~34階にオフィスや商業施設が入り、35階以上は高級ホテル「フェアモント東京」になる。構造種別は鉄骨造だが、ホテルができる上層階のコアウオールは鉄筋コンクリート造とする。
「芝浦プロジェクト」の断面図(出所:野村不動産、JR東日本)
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現在の計画では、地上170mに位置する、ホテル(上層階)とオフィス(下層階)の用途切り替え位置に連結部を設ける。上層階の重さは約3万4200tで、建物全体の重さの約15%に相当する。
連結部には、積層ゴムを38基、オイルダンパーを62台、ウィンドロックを12基、eクッションを8台設置する。その代わり、従来の制振構造で設計した当初プランと比較して下層階の制振装置を200台以上、鉄骨数量を1500t以上削減できる見通しだ。
従来の制振構造プランと比べて、下層階のオフィスで高い制振効果を発揮できるという。上層階のホテル部では、地震や強風が発生しても、ラグジュアリーホテルにふさわしい居住性や安全性を確保しやすくなる。
こうしたメリットを事業者の野村不動産とJR東日本が評価し、BILMUSのファーストユーザーになることを決断した。芝浦プロジェクトは槇総合計画事務所(東京・渋谷)を筆頭に、清水建設とアラップ、日建設計が設計を手掛ける。S棟の施工者は清水建設で、21年10月に着工済みだ。
21年10月に着工したS棟の建設現場。写真は22年5月下旬の様子(写真:日経クロステック)
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ツインタワーの意匠は槇事務所が担当しており、BILMUSの導入を検討する前に出来上がっていた。大きな箱に小さな箱を積み上げたような形のS棟は、上層階と下層階の境目がはっきりと見て取れる意匠だ。
後からBILMUSの導入を検討した際、連結部を設けるのにちょうどいい位置に上・下層階の境目があることが分かった。槇事務所による建物の意匠を崩さず、アラップや日建設計からも理解を得られたため、BILMUSの採用に踏み切れた。
大規模な超高層プロジェクトが増えるなか、清水建設は今後、BILMUSを発注者に積極的に提案していく考えだ。BILMUSの仕組みについては特許も出願している。
差し当たって、現時点では未定である芝浦プロジェクトN棟の施工を清水建設が続けて受注できるかが注目される。S棟に同社の独自技術であるBILMUSの導入が決まったため、27年度に着工して30年度に竣工する予定であるN棟の受注にも弾みがつきそうだ。
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