2016年12月8日木曜日

個別化医療の時代(下)がんの遺伝子変異解析 臨床試験につなぎ治療薬開発へ

ゆうゆうLife

患者一人一人にあった薬の選択をする「個別化医療」の研究が進んでいる(写真はイメージです)
患者一人一人にあった薬の選択をする「個別化医療」の研究が進んでいる(写真はイメージです)

 個別化医療のゴールは、患者一人一人の疾患の原因となった遺伝子変異などに、ぴったり合った治療が届くこと。だが、まだ道半ばだ。患者のがん細胞の遺伝子変異はどこまで解析できるのか、解析できたら薬はあるのか-。さまざまな課題がある。最前線を取材した。(佐藤好美)

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 この秋、デンマーク・コペンハーゲンで開かれた欧州臨床腫瘍(しゅよう)学会でのある発表が、注目されている。

 免疫に働きかけるがん治療薬「オプジーボ」に似た働きをする薬「キイトルーダ」が、ある基準で対象患者を絞って臨床試験を行ったところ、これまでの標準的な化学療法の結果を大きく上回ったのだ。キイトルーダはまだ日本では保険適用されていないが、米国ではこの結果をもとに、対象患者への治療の第一選択薬に認められた。

 効く患者を特定することは、患者が治療効果の高い薬を使うためにも、副作用を回避するためにも極めて重要だ。ただ、肺がん患者の会「ワンステップ」の長谷川一男代表は、「患者にとってプラス面とマイナス面がある。プラス面は外れのない薬を使えること。マイナス面は、少しは効くかもしれないときに、治療の機会が失われるかもしれないこと」と指摘する。

 がんの原因となる遺伝子変異にピンポイントで働きかける「分子標的薬」の場合、標的となる遺伝子変異がない患者にはほとんど効かない。それを知るための検査薬もある。だが、免疫に働きかけるがん治療薬では、薬に反応する目印となる体内物質「バイオマーカー」の“決定打”が見つかっていない。キイトルーダの場合も、対象から外れる患者に「効かない」とまでは言い切れない。

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 個別化医療に向けた大規模プロジェクトが進められている。肺がんと消化器がんの患者を対象に、143種類の遺伝子情報を無料で調べる「SCRUM-Japan(スクラムジャパン)」。国立がん研究センター東病院を中心に、全国約230の医療機関と15の製薬会社が参加する。患者のがん組織の遺伝子変異を調べて、企業や医師が行っている臨床試験とマッチング。治療薬開発につなげようとの試みだ。

 患者数の多い「肺腺がん」で日本人の原因遺伝子変異を調べると、EGFRが半分以上を占める。国立がん研究センター東病院呼吸器内科長の後藤功一医師は「これらの遺伝子変異のうち、高い効果が期待できる『分子標的薬』が現在承認されているのは、EGFRとALKだけです」と言う。それ以外の患者には、従来型の化学療法が選択肢になる。

 治療薬の開発はこれからだが課題もある。頻度が低い遺伝子変異の場合、従来の方法では薬の有効性を確認する「臨床試験」を行うのが難しいのだ。スクラムジャパンの取り組みは、こうした“少数派”の患者の治療薬開発につながる。後藤医師は「患者さんを見つけ出して臨床試験を行い、希少ながんの治療薬を承認につなげたい」と意欲を示す。

 実際、成果も出ている。スクラムジャパンの遺伝子解析で見つかったRET融合遺伝子が陽性の肺がん患者17人を対象に、甲状腺がんの治療薬「バンデタニブ」を使ったところ、9人で腫瘍(しゅよう)が縮小した。バンデタニブはRET融合遺伝子の働きを抑えることが知られているが、肺がんには承認されていない。結果をもとに、RET肺がんにも使えるよう申請準備中だ。

 ただし、検査をしたすべての患者に遺伝子変異が見つかるわけではない。また、見つかったとしても、適合する臨床試験が行われているともかぎらない。過大な期待は禁物だ。だが、一人一人に合わせたオーダーメードの医療は少しずつ進んでいる。

 スクラムジャパンの肺がん部門は近く、免疫に働きかけるがん治療薬「オプジーボ」などについても、こうした遺伝子解析でバイオマーカーを探すプロジェクトを開始する。

 後藤医師は「肺がんの場合、自分のがんの遺伝子変異を早い段階で知っておくことで治療選択肢が広がる可能性がある。網羅的な検査で個々に合う薬を選択する時代になると思います」と話している。

 ■京大は自費治療開始/患者ごとに薬剤選択

 網羅的な遺伝子解析をもとに、治療を行う医療機関もある。京都大学病院(京都市)では昨年、希少がんや原発不明がん、標準治療が効かなくなったがんの患者を対象に、遺伝子変異などを調べる検査「Onco Prime(オンコプライム)」を始めた。

 情報通信会社の三井情報(東京都港区)と提携し、患者のがん組織から223の遺伝子情報を解析。学会発表されている論文などと付き合わせ、個々の患者に合う治療を提供する。ただ、検査は保険適用されておらず、検査費約90万円やその後の治療費も自己負担になる。

 京大病院がんセンターの武藤学教授は「標準治療が効かなかったが体力もあり、何か治療をしたい人はいる。少しでも効果が期待できる治療ができた方がいいと考えた」と話す。

 例えば40代の膵臓(すいぞう)がんの男性には、乳がんや卵巣がんに見られる遺伝子変異が見つかった。その変異があると効きやすい抗がん剤を使ったところ腫瘍(しゅよう)が縮小した。

 現行制度では、抗がん剤の承認は疾患ごとに行われ、膵臓がんの患者に乳がんの薬は使えない。武藤教授は「同じような遺伝子変異があり、一定の確率で効果が出るのであれば保険適用を拡大してほしい。そのためのデータを蓄積する必要がある」とする。

 この検査の治療対象は治療選択肢のない人で、効く薬がだれにでも見つかるわけではない。検査結果の出た82人のうち、何らかの遺伝子変異が見つかったのは71人。うち19人が効く可能性のある薬にたどり着き、半分弱で効果があった。

 進行がんでも合う薬をうまくつなげば、がんがなくならないまでも共存できる可能性がある。

 武藤教授は「薬に耐性ができると遺伝子情報も変化するから、その都度検査し、合う治療薬を選ぶのが将来像だと思う」と話している。

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 スクラムジャパンの参加医療機関は以下から調べられる。http://epoc.ncc.go.jp/scrum/

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