パナソニックはDX推進に当たってシステムの近代化を進めている。しかし、近代化の対象となるサイトが多く、新プラットフォームへの移行が難しいという課題を抱えていた。そこで同社が採用したのが「プロセスマイニング」だ。
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業務に潜む「見えない非効率性」=無駄なプロセス、不要なプロセスがビジネスパフォーマンスの「サイレントキラー」だ。それを発見し、対処することは業務効率化だけでなくDX(デジタルトランスフォーメーション)への重要な布石になる。
「プロセスマイニング」は、既存システムからデータを収集して業務プロセスを可視化するソリューションだ。ドイツ/米国を本拠とするCelonisプロセスマイニングツールベンダーであるCelonisが2020年に発表したクラウドプラットフォーム「Execution Management System」(EMS)は、プロセス可視化に加えて業務の実行管理機能も持つ。Celonisによれば、業務プロセスの最適化に役立つだけでなく、ERPと連携することで、適切なタイミングで業務の自動実行が可能な仕組みを作り上げたという。
Celonisによるプロセスマイニングの概要紹介(注1)に続き、本稿はパナソニックが推進するDXである「PX」におけるプロセスマイニングの活用方法を見ていく。
本記事は、2022年6月28日に行われた「Celonis World Tour 2022 東京」における事例セッションの講演内容を基に編集部で再構成した
1200超ある巨大システム、どう近代化する?
2022年4月からホールティングス制に移行したパナソニックは、各事業分野が事業会社として経営することとなった。各会社が働き方やビジネスを変革して経営のスピードアップを狙うパナソニック流のDXを「PX」と名付けて推進している。その重要な要素である業務プラットフォームのモダナイゼーションに当たって、同社はCelonisが提供する「プロセスマイニング」を活用すると表明した。
2021年5月からパナソニックグループCIO(最高情報責任者)を務める玉置 肇氏(パナソニックインフォメーションシステムズ社長兼任)は、前職におけるDX推進経験を基にレガシーシステムからの脱却を進めている。
2022年6月28日に行われた「Celonis World Tour 2022 東京」で同氏はDXについて「(世の中の)DXはコンサルやSIerがもうける道具になっている。(やみくもにシステム移行するのではなく)業務プロセスとビジネスモデルの変革が必要だ」と語った。
続けてPXについて「全体のプロセスや風土、マインドセットを変える取り組み」と定義し、「デジタルと人の力で暮らしと仕事を幸せにする」というキーワードでB2C(B to C)、B2B(B to B)ともにDXによる付加価値の高い事業を推進する意向を示した。
玉置氏は「2000年代初頭に展開されたIT革新プロジェクトで4桁オーダーのシステムが作られた。現在もシステムは1200超あり、一つのシステムで(プログラムが)何十万ステップという巨大なものが多い」と明かし、「これらのシステムをそのまま新しいプラットフォームに乗せ換えるのではなく、レガシーモダナイゼーションやマスタデータの標準化やクラウド化、さらにはSCM(サプライチェーンマネジメント)の整流化を図る」と言う。
SCM強化のためのプロセス見直しとデータ統合
PX推進の一翼を担うパナソニックインフォメーションシステムズの富江庄一氏(海外ソリューション事業部長)は「顧客サービスのDXと事業オペレーションのDXの2つの視点から、本質的な顧客価値の追求と無駄、滞留を撲滅することで事業の競争力を高めていく」と抱負を語る。
同社は事業オペレーション面でのSCM強化に向けた取り組みとして、次の2つのテーマを設定した。
- SCMプロセスの見直し:同グループに内在する多くのビジネスモデル1つ1つに関わるSCMプロセス(マーケティングや設計・開発、調達、生産、販売・物流、アフターサービスなど各部門が担当)を一気通貫で見直す
- データ統合:品目マスターや顧客マスターといったSCM最適化に必要な最低限のマスター統合をMDM(Master Data Management)システムで統合管理する
同社がこれを支えるグループ全体のシステム基盤として採用、導入するのが「SAP S/4HANA Cloud」だ。従来の基幹システムは同サービスを利用してモダナイゼーションする。クラウド化に伴い、これまでERPの標準機能と多数のアドオンで実現してきた基幹業務は今後、適用領域を標準化した上で、できるだけ標準機能に沿って活用する(Fit to StandardコンセプトでSide by Side開発)(図2)。
ここで浮上する問題がモダナイゼーション対象サイトの多さだ。現在はオンプレミスが構築されている約100拠点でSAP製品が稼働しており、それぞれのサイトに多くのアドオンプログラムが存在している。そのため、簡単に新プラットフォームに移行できないという事情を抱える。
そこで、業務をSAP S/4HANA のテンプレート化=標準化して地域内で展開する手法をとることになった。現行の業務プロセスのどこに無駄やムラがあるのかを明らかにし、ステークホルダーを納得させる客観的なデータを基に標準化について議論した。
プロセスマイニングで出てきた膨大なプロセスパターン
そこで用いられたのがCelonisによるプロセスマイニングだ。同社はPoC(概念実証)ケースとして、海外販社2社が利用する現行システムの受注から出荷、入金までのプロセスを可視化した。同時に監査ログで収集したデータによってアドオンの実行状況も調査した。その結果は驚くべきものだった。同社海外ソリューション事業部の新谷梨乃氏は数字を示しつつ、次のように語った。
「A社は受注から出荷、納品、入金というシンプルな業務で、実に3万3276個ものプロセスパターンが見つかった。ユーザー数は82人なので業務に忙殺される状況が想像できる。その原因は受注数量変更や価格変更、支払い条件変更などの変更が多発していることだと突き止めた」
これが分かれば、変更発生の理由が「在庫不足、価格マスターの不整合ではないか」と解決のポイントが絞れ、より適切なプロセスで業務を標準化できる可能性が見えてくる。
B社では、年間オーダーキャンセル件数が22万8996件に及ぶことが発見された。そのうち70%は手動キャンセルで、手動キャンセルを実施するのが特定のオペレーターに偏っていることが分かった。そこで同社は、「一部の人の作業ミスが多い」という仮説を立てた。またキャンセルのうち50%が特定商品で占められていることも分かり、その理由は「商品在庫不足によるオーダーの期限切れ」だと考えられた。
このように問題点やそれを裏付ける数字が見えて、業務改善のための検討材料にできるのがプロセスマイニングのメリットだ。上層部にプロセス改善や標準化を提案する際にも、確かな数字の裏付けがあれば説得力ははるかに増す。
アドオンプログラムの「8割」が削減・共通化可能
同社にはアドオンプログラムが2拠点で707本存在し、そのうち未使用のものが383本、使用頻度が月1回未満のものが77本あることも分かった。全体を業務領域別、機能別に調査したところ、何とアドオンの80%が削減または共通化可能と判明した。
ERPの導入やアップグレード、移行などの際に大きな問題となるのがアドオン開発のコストと時間だ。上層部や部門などにアドオン削減や共通化が可能なこと、必要なことを、使用頻度などの客観的な証拠をもとにして説得することが容易になる。
玉置氏はプロセスマイニングの意義について「プロセスマイニングによってプロセスがデータとして可視化され、そのデータを共通言語として皆と納得するまで議論できる。現場だけでなく中間層や経営陣との間でも共通言語となるのが数字だ」と語った。
同氏は続けて、同グループの今後の活用について次のように話した。「プロセスマイニングを利用しながら、整流化したプロセスフロー、簡素化したプロセスに変えていく。ERP以外のサプライチェーンでもプロセスマイニングを利用したい。パナソニックは日本の製造業各社と課題を共有しており、パナソニックで成功したDXは他社でもきっと役立つ。日本を元気にする取り組みを一緒に進めたい」
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