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化学者のつぶやき
軸状分子に複数の積み荷分子をもつロタキサンを用いることで効率的に分子を放出するシステムが報告された。機械的刺激によって活性化されたマクロサイクルが軸上に組み込まれた積み荷分子を押し出すことで分子が放出される。
ロタキサンを用いた分子放出
分子放出システムはドラッグデリバリーやセンサー、触媒等への応用が期待されている。中でも、超音波や圧縮、剪断、引張などの機械的刺激に応答する分子ユニット(メカノフォア)を用いた分子放出システムはここ数年間で特に注目され、研究が進められてきた(図1A)[1]。
一般にメカノケミストリーにおける分子放出では、絡まり合ったポリマー鎖によって機械的刺激がメカノフォアに伝達され、メカノフォアから分子が放出される。この際、機械的刺激でポリマー鎖が断裂しやすく、ポリマー鎖の絡まりが解けてしまい、メカノフォアへの刺激の伝達ができなくなる(図1B)。そのため、分子放出率の低さが課題となっていた[1,2]。
近年著者らはポリマー鎖にロタキサンを組み込むことで、機械的刺激を加えた際のロタキサンの軸と末端基(ストッパー)間の共有結合の切断が促進されることを明らかにした(図1C)[3]。つまり、ロタキサン構造を用いれば、ポリマー鎖より軸上の共有結合を優先的に切断できる。
今回著者らは、分子放出率の向上を目指し、複数の積み荷分子を有するポリマー鎖をロタキサン構造で連結した分子放出システムを設計した(図1D)。超音波および圧縮によってポリマー鎖が引っ張られ、マクロサイクルが軸上の積み荷分子を押し出すことでretro-Diels–Alder反応が進行し、効率良くマレイミドが放出される。
“Force-Controlled Release of Small Molecules with a Rotaxane Actuator”
Chen, L.; Nixon, R.; De Bo, G. Nature2024, 628, 320–325. DOI: 10.1038/s41586-024-07154-0
論文著者の紹介
研究者: Guillaume De Bo
研究者の経歴:
2009 Ph.D., University of Louvain, Belgium (Prof. István E. Markó)
2009–2010 Postdoc, University of Louvain, Belgium (Prof. Jean-François Gohy and Prof. Charles-André Fustin)
2011–2012 Postdoc, University of Edinburgh, UK (Prof. David A. Leigh)
2012–2015 Research Fellow and Project Manager, University of Manchester, UK (Prof. David A. Leigh)
2016–2023 Royal Society University Research Fellow, University of Manchester, UK
2021–2022 Senior Lecturer, University of Manchester, UK
2022– Professor, University of Manchester, UK
研究内容:新規メカノフォアの設計、開発および評価。分子マシンの開発。
論文の概要
設計したロタキサンを用いた分子放出システムの合成を試みた(図2A)。まず、塩基性条件下、大環状分子1とピラーアレーン2およびアリールスルホニルクロリドを反応させてスルホン酸エステル3transを合成した。得られた3transに、積み荷分子をもつカルボン酸4を作用させエステル5とした。最後に、アクリル酸メチルのリビングラジカル重合によりAnを合成した。
合成した分子放出システムAn の効率性を調べるため、アセトニトリル溶液中でAnに超音波処理を施した(図2B)。その結果、主生成物として全ての積み荷分子が放出されたもの(Complete: 71% (n = 1), 22% (n = 5))とポリマー鎖が断裂したもの(In the PMA: 29% (n = 1), <50% (n = 5))が得られ、軸の断裂(In the axle)はほとんど起こらなかった。これは、活性化されたマクロサイクルのほとんどが軸分子の末端まで到達し、全ての積み荷分子を放出できたことを示す。また、バルクでの活性化(圧縮)では分子放出率が30%に達し(n = 1)、既報の機械的刺激による分子放出システムの中で最も高い [1,4]。
さらに、積み荷分子が異なる分子放出システム(B1, C1, D1)を合成し、それらの超音波処理により本分子設計において多様な種類の分子を放出できることを明らかにした(図2C)。抗がん剤をペプチドリンカーで結合した嵩高いマレイミド、比較的小さいN-(1-ピレニル)マレイミド、および脱離機構が異なるトリチルカチオンの放出に成功した。B1、C1から放出されるマレイミドはそれぞれ医薬品と蛍光標識であり、D1から放出されるトリチルカチオンは有機ルイス酸触媒である。以上の結果は、ロタキサンを用いた分子放出システムが生物医学や材料化学分野へ応用できる可能性を示した。
以上、ロタキサンを用いて機械的刺激に応答し効率よく分子を放出するシステムが報告された。今後、異なる分子を決まった順番で放出するシステムなど、より複雑な分子放出システムの開発が期待される。
参考文献
- (a) Versaw, B. A.; Zeng, T.; Hu, X.; Robb, M. J. Harnessing the Power of Force: Development of Mechanophores for Molecular Release. J. Am. Chem. Soc.2021, 143, 21461–21473. DOI: 10.1021/jacs.1c11868 (b) Larsen, M. B.; Boydston, A. J. “Flex-Activated” Mechanophores: Using Polymer Mechanochemistry To Direct Bond Bending Activation. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 8189–8192. DOI: 10.1021/ja403757p (c) Hu, X.; Zeng, T.; Husic, C. C.; Robb, M. J. Mechanically Triggered Small Molecule Release from a Masked Furfuryl Carbonate. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 15018–15023. DOI: 10.1021/jacs.9b08663 (d) Jayathilaka, P. B.; Molley, T. G.; Huang, Y.; Islam, M. S.; Buche, M. R.; Silberstein, M. N.; Kruzic, J. J.; Kilian, K. A. Force-Mediated Molecule Release from Double Network Hydrogels. Chem. Commun. 2021, 57, 8484–8487. DOI: 10.1039/D1CC02726C
- (a) Küng, R.; Göstl, R.; Schmidt, B. M. Release of Molecular Cargo from Polymer Systems by Mechanochemistry. Chem. Eur. J. 2022, 28, e202103860. DOI: 10.1002/chem.202103860 (b) Larsen, M. B.; Boydston, A. J. “Flex-Activated” Mechanophores: Using Polymer Mechanochemistry to Direct Bond Bending Activation. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 8189–8192. DOI: 10.1021/ja403757p (c) Lin, Y.; Kouznetsova, T. B.; Craig, S. L. A Latent Mechanoacid for Time-Stamped Mechanochromism and Chemical Signaling in Polymeric Materials. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 99–103. DOI: 10.1021/jacs.9b12861
- (a) Zhang, M.; De Bo, G. Impact of a Mechanical Bond on the Activation of a Mechanophore. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 12724–12727. DOI: 10.1021/jacs.8b08590 (b) Zhang, M.; De Bo, G. Mechanical Susceptibility of a Rotaxane. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 15879–15883. DOI: 10.1021/jacs.9b06960
- これまで溶液の超音波処理では最大64% 、バルクの圧縮では最大20%だった。
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