「植物工場」が普及しない本当の理由とは写真はイメージです Photo:PIXTA

現在、幾つものベンチャー企業が参入している植物工場。効率よく野菜を生産できると注目されている一方、多くは赤字で採算が取れていない状況だという。そんな植物工場の存在意義や今後の展望を東京農業大学教授の小塩海平氏に聞いた。(清談社 沼澤典史)

政府が多額の予算で
植物工場の建設を後押し

 畑を耕し、太陽の下で育てる本来の農業の手法とは異なり、土を使わず室内で育てる手法が、いわゆる植物工場だ。このなかには太陽光を用いてハウスなどの温室で育てる太陽光利用型と、LEDを当てて育てる人工光利用型のふたつがある。ただ、一般的に植物工場と言われて思い浮かべるのは、後者の方だろう。

「日本では太陽光利用型と人工光利用型の二つをともに植物工場と呼びます。しかし、太陽光利用型の水耕栽培施設と人工光利用型の完全閉鎖施設は特徴や出自も違うので、別のものと考えるべきだと思います。より植物工場と呼ぶにふさわしいのは人工光利用型の施設でしょう。植物工場について先進的といわれるオランダでは太陽光利用型が主流ですが、現地では植物工場とは呼ばれていません」

 植物工場(人工光利用型)の始まりは、米ゼネラル・エレクトリック(GE)による原子力潜水艦内での野菜育成の試みだ。また、アメリカ政府はNASAの宇宙開発でも植物工場を利用しようとしていた。

「日本ではつくば万博における回転式レタス生産工場の展示を皮切りに、80年代から植物工場の第一次ブームが訪れました。さらに90年代には農業分野への異業種企業の参入が促進され、第二次ブームが到来しました。その後、法整備の改定や麻生内閣以来の多額の予算措置により、植物工場は爆発的に増えました」

 2009年度以降、農林水産省と経済産業省の補正予算には、植物工場関連として50億円を超える補正予算が組まれていることも珍しくない。植物工場の政策を推し進めたいという国家の強い意志が感じられる。

 その結果、人工光型植物工場は大小合わせて全国におよそ200の施設が作られている。

生産コストの大きさから
植物工場の6割が赤字

 国からの後押しもあって続々と誕生した植物工場だが、全体的に経営は芳しくないという。

「人工光型植物工場の6~7割は赤字だと言われています。その理由は、建設費やランニングコストがかかるわりに利益が少ないからです。そもそも人工光型施設で生産している植物は、技術面からレタスなどの葉物野菜がほとんど。現在、レタスは露地野菜も含め一個100~200円ほどで売られています。1日2万株を生産できる大型施設もありますが、数億円の建設費と維持費、人件費を考えると、一個100円では採算が取れない企業がほとんどでしょう。単価の高い果物などを大量生産できれば別ですが、技術、コスト的にそれも難しいのです」

 植物工場の建設には平均で3億円はかかるといわれる。それに付随して空調設備の維持費や電気代、水道代などもかかってくる。事実、露地栽培レタスとの価格競争に敗れ、大企業である東芝さえも2016年に植物工場から撤退している。

 また植物工場は効率も良く、環境にも配慮していると思われがちだが、ここにも疑問があると小塩氏は話す。

「日本の政治家が度々、農業施設の視察に訪れるオランダでも、研究者は植物工場に否定的です。施設園芸の分野で世界的に有名なオランダのワーヘニンゲン大学のエペ・ヒューベリンク氏は同じトマト1キロを生産するにしても、人工光型植物工場ではエネルギーロスが10倍にもなると指摘しています。このような結果からオランダの研究者には『なぜロスも少なく、値段もゼロの太陽光を使わないのか』と人工光型施設に苦言を呈す者も多い」

電力業界とつながる
植物工場政策

 小塩氏は「そもそも植物工場は電力業界とただならぬ関係がある」と指摘する。そこには食料の安定的確保とは別の目的が透けて見えるという。

「東日本大震災後には、原発メーカーやそのグループである日立、東芝、日本GE、三菱などが積極的に植物工場事業を展開しています。また、電力中央研究所の野菜工場は青森県六ケ所村にありましたが、原発事業との深い関わりを想起させます。さらにチェルノブイリ原発事故以降、原発の新規立地が停滞する中で生み出されたのが「地域共生型発電所」という概念で、福祉型植物工場も原発のイメージ転換のために考え出されたものでした。各地の原発付近には大規模な植物工場が建設されていることが多く、電気代を浮かせるために原発の夜間電力を使用しているのです。むしろ原発の電気を利用させるために植物工場を誘致しようとする思惑すら感じられます」

 小塩氏はこのような農業政策に危機感を示している。

「日本の農業はただでさえ農薬メーカーや農機具メーカーによる高額な商品が幅を利かせていますが、植物工場にはその比ではないコストがかかっている。工場や電気とは違い、畑や太陽光はタダなのに、私たちの税金に由来する潤沢な補助金を何億円もかけて100円のレタスを作る理由は何でしょうか。実は、大企業や資本家はレタスを作って売りたいのではなく、植物工場設置の際につけられる大型の補助金が目当てなのです。もしこのような野菜の工場生産が進められれば、アメリカのように小規模農家はなくなってしまい、培ってきた技術や思想を次世代に伝えられなくなります。農地に工場を建てるのではなく、土地を耕し、農家を生み出す仕組みを考えた方が将来的にも意味がある。工場で機械的に野菜を生み出すことはあまりにも短絡的な考えで“人間の身の丈に合っていない”ように感じます」

 現代は「スマート農業」と呼ばれる工学的な農法がもてはやされるが、立ち止まってテクノロジーへの傾倒を見直すことも必要かもしれない。