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 出光興産、東京大学、大阪大学、産業技術総合研究所は2024年7月4日、常温・常圧環境下でアンモニア(NH3)を空気中の窒素(N2)と水(H2O)と電力から連続的に合成する技術で、競合のアンモニア生成速度を20倍上回る世界最高性能を達成したと発表した(図1)。今後、2028年度までにシステムの規模を拡大すると同時に生産効率をさらに高める研究開発を進め、その後は社会実装に向けた開発をして、2032年度に1000トン/年規模のアンモニア生産を目指すとしている。

図1 競合に対して約20倍のアンモニア生成速度を実現
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図1 競合に対して約20倍のアンモニア生成速度を実現
報告例1は2020年、報告例2は2023年でいずれも中国科学院の研究者の論文(出所:出光興産)

 アンモニアは100年余り前にドイツで水素(H2)と空気(実際には窒素ガス)から合成する技術「ハーバー・ボッシュ(HB)法」が開発されたことで、低コストで量産できるようになり、それを肥料に用いることで食料の生産量が飛躍的に高まり、世界の人口の急速な増加につながった。ただし、HB法には、
(1)高温高圧を必要とし、結果として装置が超大型になる
(2)水素は別途、生産または調達する必要がある
(3)(2)の水素を生産する過程で、少なくともこれまでは大量の二酸化炭素(CO2)を排出していた
といった課題があった。

 こうした背景から、出光興産らは新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業の委託業務として、常温常圧でしかも、水素の生産や調達を必要としないアンモニア合成法の開発を進めている。

PEM形水電解システムの一部を流用

 システムの概要は図2の通りになる。まず、水素の代わりとしての水、そして窒素原子Nの供給源としての窒素ガスを電解セルスタックに投入する。この際、還元剤と、窒素分子の3重結合を切るための触媒も同時に投入する。

(a)システムの構成
(a)システムの構成
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(b)実際のシステム
(b)実際のシステム
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図2 システムはPEM形水電解に似る
今回のアンモニア電解合成システムの構成(a)と、実際の実験システム(b)。研究者が手にしている黒いデバイスが電解セル。今後はこれをより大型にする計画だ(出所:(a)は出光興産の資料に日経クロステックが加筆、(b)は出光興産)

 この電解セルスタックは、水を電気分解するPEM(Proton Exchange Membrane)形水電解のセルスタックと、多くの部材や構造が共通する。PEM形水電解では、水をアノードで酸化してプロトン(H)にした後、カソードで還元して水素を取り出す。

 今回の電解セルスタックでもアノードの役割はPEM形水電解と同じである。ただ、カソードでこのプロトンに加えて、水、及び触媒に配位した窒素原子Nなどをまとめて還元することでアンモニアを合成する。

世界をリードする2つのブレークスルー

 この開発では大きく2つのブレークスルーがあった。1つは、常温常圧の下で窒素分子の3重結合を切るための触媒の開発だ。これは東京大学 大学院 工学系研究科 教授の西林仁昭氏の研究チームが開発したモリブデン(Mo)を基にした触媒(図3)である。空気中の窒素を固定する根粒菌が持つ酵素「ニトロゲナーゼ」についての研究が端緒になっている。

図3 Mo触媒の例
図3 Mo触媒の例
東京大学の西林研究室が開発したMo触媒の化学式の例。最近はさらに改良が進んでいるようだ。tBuは、tertiary Butyl(出所:東京大学 西林研究室)
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