なお、この研究は、JSTの戦略的創造研究推進事業(先端的低炭素化技術開発:ALCA)の技術領域「バイオテクノロジー」【運営総括:近藤 昭彦】 研究開発課題「ゼロから創製する新しい木質の開発(平成23年度~)」【研究開発代表者:光田 展隆】の一環として行われた。
研究の内容
今回の技術は、シロイヌナズナの木質生産を制御するNST1転写因子と NST3転写因子の相同遺伝子であるイネの木質生産を制御するOsSWN1転写因子が、非常に強く木質生産を活性化できることを利用し、その遺伝子をポプラの繊維細胞で主に発現させるものである。このイネのOsSWN1遺伝子を繊維細胞で発現させるために、シロイヌナズナのNST3遺伝子の植物体内での発現部位を決定している領域(プロモーター)を使用した。NST3転写因子遺伝子は繊維細胞で主に発現しており、そのプロモーターは繊維細胞での遺伝子発現を誘導できる。これらを組み合わせた遺伝子コンストラクト(図1)を、シロイヌナズナに導入(遺伝子組換え)したところ、通常では木質生産が起きない部位でも木質生産が見られ、木質が過剰に蓄積することがわかった。一方、比較対照としてOsSWN1転写因子のかわりにシロイヌナズナが本来持つNST3転写因子を用いた場合は、そのような現象はほとんど見られなかった。
次にこの遺伝子コンストラクト中のイネOsSWN1遺伝子に、転写因子の活性を強化する領域(VP16)を付加して、ポプラに導入(遺伝子組換え)したところ、約15 cmの幼植物ではシロイヌナズナと同様に、通常では木質生産が起きない部位でも木質生産が見られた(図2B)。また、本来木質生産が起きる繊維細胞では、組換えポプラでは木質がより厚く蓄積していた(図2D)。
図1 今回使用した遺伝子コンストラクト |
シロイヌナズナ由来繊維細胞で遺伝子発現を誘導する領域(NST3pro)とイネ由来木質生産を促進する転写因子遺伝子(OsSWN1(-VP16))とを連結した。 |
図2 非組換えポプラ(左側)と組換えポプラ(右側)の断面図と繊維細胞 |
AとBの赤い染色は木質中のリグニンの存在を示したもの。組換えポプラ(B)では通常木化しない部位(周縁部および中央部)まで木化していることがわかる。また、繊維細胞では、非組換えポプラ(C)より組換えポプラ(D)のほうが、より多く木質が蓄積していることが確認できる。 |
そこで、これらのポプラを約60 cmまで成長させて詳しく調べたところ、成長には悪影響を及ぼさず木質が過剰に蓄積し、組換えポプラの茎の平均密度は非組換えポプラよりも約4割向上し、破断強度も約6割上昇していた(図3)。
図3 非組換えポプラと組換えポプラの生育状況(A)、木質(B)、密度(C)、破断強度(D) |
約60 cmまで生育させても成長に悪影響はなく(A)、木質の増強も維持されていることがわかる(B)。また、作成した組換えポプラの5系統の平均で約4割密度が向上し(C)、破断強度は約6割向上していた(D)。(C)(D)内の「*」は非組換えポプラと組換えポプラとが統計的に有意に異なった値であったことを示している。 |
今後の予定
今後は、光合成能力の強化など他のバイオマス生産向上技術と組み合わせて、さらなる生産量の増加を目指すほか、増強された木質中のリグニンを改変するなどして加工性や糖の抽出量の向上を目指す。また、ポプラだけでなく、ユーカリやアカシアなどの樹木への今回の技術の適用を検討する。そして、2030年頃には木質由来バイオエタノールの生産効率を50 %向上させ、全世界で栽培する木質生産用植物の20 %にこの技術を適用して、年間約4千万トンのCO2排出削減効果を得ることを目指す。
用語の説明
- ◆ポプラ
- 被子植物、双子葉類の早生樹。遺伝子導入(形質転換、遺伝子組換え)が比較的容易で成長も早いため樹木のモデル植物として使われることが多いが、地域によっては製紙原料用やバイオエタノール生産用に植林されることもある。世界で最も植林されている樹種の一つである。[参照元へ戻る]
- ◆木質
- いわゆる木、木材のことでセルロース、ヘミセルロース、リグニンが主要成分である。細胞学的には二次細胞壁が蓄積したものである。木質は草本植物においても茎の乾燥重量の半分以上を占め、植物が直立するために欠かせない。食用にはならないがセルロースを分解することでブドウ糖(グルコース)が得られ、それの発酵によってエタノールを生産できる。[参照元へ戻る]
- ◆OsSWN1転写因子
- イネの木質生産を担う遺伝子群の働きを制御している転写因子。後述するNST1、NST3転写因子とアミノ酸の並び(配列)が類似している相同転写因子である。[参照元へ戻る]
- ◆転写因子
- 遺伝子の上流領域に結合して、遺伝子の働き(オン、オフ)を制御するタンパク質。転写因子自体も遺伝子によってそのアミノ酸の並び(配列)が指定されている。転写因子遺伝子は一般に全遺伝子の約3~10 %を占めると考えられている。[参照元へ戻る]
- ◆木質由来バイオエタノール
- 従来バイオエタノールはトウモロコシのデンプンやサトウキビ中のショ糖(スクロース)から得られるブドウ糖(グルコース)を発酵させて生産されてきたが、トウモロコシやサトウキビは食用にもなるため他の生産源が求められていた。そこで食用にならない木質中のセルロースから得られるグルコースを発酵させてバイオエタノールを生産する技術開発が世界中で行われている。[参照元へ戻る]
- ◆木質由来バイオプラスチック
- 従来バイオプラスチックはデンプンから得られる乳酸などを重合して作られることが多かったが、デンプンは食用にもなるため他の生産源が求められていた。そこで食用にならない木質中のセルロースを利用してバイオプラスチックを生産する技術開発が行われている。[参照元へ戻る]
- ◆CRES-T法(クレスティ法)
- 産総研で開発した転写因子の働きを阻害する技術。転写因子の後ろに産総研で発見した転写抑制ドメイン(=遺伝子のスイッチをオフにする機能がある領域)を付加して植物に導入(遺伝子組換え)することで、その転写因子が制御している遺伝子の働きを抑制し、その転写因子遺伝子を破壊したのと同じような効果をもたらすことができる。[参照元へ戻る]
- ◆バラ咲きシクラメン
- CRES-T法を使って、シクラメンのおしべとめしべの形成に関わる転写因子の働きを阻害した結果できた超八重咲きのシクラメン。おしべとめしべが形成されなくなると、代わりに花弁がたくさん形成される。[参照元へ戻る]
- ◆シロイヌナズナ
- 植物の遺伝子研究分野において世界的に用いられているモデル植物。ライフサイクルが早く、狭いスペースで栽培できる、ゲノムサイズが小さいなどのメリットがある。どんな植物でも基本的な遺伝子セットは類似していると考えられており、シロイヌナズナでの研究成果は他の植物にも応用できることが多い。[参照元へ戻る]
- ◆NST1、NST3転写因子
- 産総研で発見した、シロイヌナズナの木質の形成を根本的に制御しているマスター転写因子。前述したOsSWN1転写因子とアミノ酸の並び(配列)が類似している。NST1とNST3の両遺伝子が欠損したシロイヌナズナは繊維細胞において木質を形成できないために直立できない。[参照元へ戻る]
- ◆相同遺伝子
- ほとんどすべての植物は類似した遺伝子セットを持っており、ある遺伝子について別の植物でも類似した遺伝子が見つかることが多い。このような遺伝子を相同遺伝子と呼ぶ。[参照元へ戻る]
- ◆繊維細胞
- 植物の木部に見られる細長い細胞で、二次細胞壁(=木質)が厚く蓄積する。[参照元へ戻る]
- ◆プロモーター
- 遺伝子の上流領域のことで、遺伝子発現を誘導する領域である。転写因子がプロモーターと結合することで、遺伝子がいつどこで働くかが決まってくる。[参照元へ戻る]
- ◆コンストラクト
- プロモーターと遺伝子、その他遺伝子発現に必要な領域を組み合わせたDNAユニットのこと。[参照元へ戻る]
- ◆リグニン
- 木質中に含まれる芳香環を持った巨大複合ポリマーである。バイオエタノール製造や製紙の際にリグニンは阻害的に働くため少ない方がよいとされるが、植物を病原菌から守ったり強度を保ったりするのに必要であるとも考えられている。[参照元へ戻る]
- ◆バイオマス
- 主に植物が生産する有機物全般のことをバイオマスと呼ぶ。木質は植物の主要なバイオマスである。[参照元へ戻る]
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