2025年3月24日月曜日

触媒研究者の夢、新たな「アンモニア合成」に挑む 2025年3月24日

https://www.riken.jp/pr/closeup/2025/20250324_1/index.html

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アンモニアは肥料や化学製品の原料になるなど、現代社会では非常に重要な化合物です。100年以上にわたって主にハーバー・ボッシュ法で合成されていますが、高圧高温条件が必要で消費エネルギーが大きいことが問題とされ、代替法の研究開発が盛んに行われています。2024年、上口 賢 専任研究員は、「重金属の一種、モリブデン(Mo)の金属クラスターから創製したアンモニア合成触媒は、窒素分子の強固な三重結合を省エネルギーで切断する上に、試薬は安全で取り扱いが易しい」と発表しました。

上口 賢の写真

上口 賢(カミグチ・サトシ)

環境資源科学研究センター 先進機能触媒研究グループ 専任研究員

金属クラスターの触媒活性を発見

「金属原子の集合体である金属クラスターを使った研究がライフワークになっています」と話す上口 専任研究員は、大学院生の頃から金属クラスターを研究してきた。博士課程の学生だった1990年代後半までは、新しいものをつくり構造や物性を調べる研究が主たる分野だったが、次第に新しい方向性を開拓する必要性を感じるようになっていったと言う。

理研に入所した2000年頃からは「金属クラスターを世の中に役立てられないか」と考えて、触媒への応用を模索するようになった。触媒は、それ自体は変化しないが化学反応が進みやすくなるように手助けする物質である。モリブデンなどいくつかの元素の金属クラスターにハロゲンが結合した化合物は、大気中でも化学的に安定で、合成が比較的容易である。これらの特徴が触媒として用いるのに有利だと考え、触媒利用の研究に着手した(図1)。

Moの金属クラスターにハロゲンが結合した化合物の図

図1 Moの金属クラスターにハロゲンが結合した化合物

上口 専任研究員が一連の触媒開発に用いた金属クラスター。赤がMo、グレーがハロゲン。ハロゲンとはフッ素(F)や塩素(Cl)など第17族の元素のこと。

ハロゲンが結合した金属クラスターを触媒にするにはどうしたらいいのか。「安定なままでは触媒として機能しないので、加熱しながらクラスターに水素などのガスを流通させてハロゲンを部分的に外し、不安定にしました」。こうして得られた金属クラスターがさまざまな反応に対する触媒活性を示したことで、「金属クラスターの触媒利用」という新たな道を見いだした。

「最高峰の反応の一つ」、アンモニア合成

「ハロゲンが結合した金属クラスターが触媒になることを2000年代初期に初めて示したことは、それなりにインパクトがありました。そこで次の段階として、アンモニア合成触媒をつくりたいと考えるようになったのです」

アンモニア(NH3)は通常、窒素分子(N2)と水素分子(H2)から合成される。このときに非常に強いN2の三重結合(N≡N)を切断しなくてはならないところに、アンモニア合成の難しさがある。肥料の原料などとして現代社会に欠かせないアンモニアは、工業的には、ハーバー・ボッシュ法で合成されている。150~350気圧、350~550℃という高圧高温条件が必要とされ、消費エネルギーの大きさから代替法の開発が望まれてきたが、非常に難しいために、アンモニア合成は今でも触媒研究者にとって「最高峰の反応の一つ」であり続けているのだ。

ゼオライトに埋め込み、Moの凝集を防ぐ

「アンモニア合成にMoのクラスターを選んだのは、ハーバー・ボッシュ法で使われている鉄や、そのほかのアンモニア合成法で使われているルテニウムなどに比べて、N2の三重結合を切る作用が強いという報告があったからです。また、ルテニウムに比べて値段が安いこともMoを選んだ理由の一つになりました」

ところが、さらに加熱しながらMoクラスターに水素ガスを流通させて少しずつハロゲンを外していっても、MoがN2の結合を切ることは難しく、アンモニア合成は一向に進まなかった。結局、全てのハロゲンを外すことになったが、Moクラスターが凝集してしまい、結果として反応に関与できる表面にあるMoの数が減ったためアンモニア合成触媒として使えなかったのだ(図2(a)、(b)、(c))。

Moクラスターを用いたアンモニア合成の図

図2 Moクラスターを用いたアンモニア合成

ハロゲンが結合した6原子のMoから成る金属クラスター(a)に水素ガスを流通させながら温度を上げていくと、ハロゲンが徐々に外れて触媒活性を示すようになる(b)。ところが、600℃まで加熱して全てのハロゲンが外れるとMoが凝集してアンモニア合成に対する活性が得られない(c)。
そこで、金属クラスターを同じくらいのサイズ(100万分の1mm以下)の細孔を持つ多孔質担体に埋め込み(d)、水素ガスを流通させながら600℃で加熱。すると、ハロゲンが全て外れた後でも凝集せずに、6原子から成るMoクラスターがほぼ保たれた(e)。そこで水素ガスとともに窒素ガスを流通させるとアンモニアが合成された(f)。

Moクラスターを凝集させないために見いだしたのが、たくさんの孔のあいた別の物質にクラスターを埋め込んで加熱する方法だった。「ゼオライトはシリカ(SiO2)からできている多孔質の物質で、孔の大きさなどの違いから100種類以上が知られています。さまざまなゼオライトにMoクラスターを埋め込んで試したところ、水素ガスを流通させながら加熱してハロゲンを全て外しても、Moが凝集しないゼオライトを見つけたのです」

こうして、ハロゲンを全て外した後に、水素ガスに加えて窒素ガスを流通させることでアンモニアを合成できる触媒の開発に成功した(図2(d)、(e)、(f)、図3)。

ゼオライトに埋め込まれた粉末状のMoクラスターの図

図3 ゼオライトに埋め込まれた粉末状のMoクラスター

  • (左)水素処理前の実際の写真(図2(d)に相当)。
  • (右)水素処理後の電子顕微鏡写真(図2(e)に相当)。1nm(ナノメートル)は100万分の1mm。

Moはどのようにして窒素分子の三重結合を切断するのだろうか。「電子状態の計算によると、3個程度のMoが窒素分子の切断に同時関与しているようです。Moの数が少なすぎると複数のMoによる協同効果を生かせず、多すぎると凝集が起こって一部のMoが埋め込まれてしまう。どうやら6個程度といった最適な数のクラスターがあるようです」と上口 専任研究員。アンモニア合成のメカニズムも徐々に分かりつつある。

安定、安全、省エネルギーのアンモニア合成法

今回のアンモニア合成の特徴は、鉄やルテニウムより窒素の三重結合を切りやすいMoを使ったため、従来のアンモニア合成触媒に必要とされる電子を供与するための、過度に反応性の強い試薬を使わずにすむことが挙げられる。また、アンモニア合成自体にも特殊な試薬を使わず窒素ガスと水素ガスのみを使っている。さらに、50気圧200℃でアンモニア合成を520時間(21日以上)にわたって続けても、触媒活性は落ちなかった。当初、課題となっていたアンモニアの合成効率が少ない点についても、最近、解決の糸口が見つかっている。

このようにMoクラスターからつくるアンモニア合成触媒は、いいことばかりのようだが実用化は近いのだろうか。「ハーバー・ボッシュ法は大規模設備を用いたアンモニアの大量合成に適しています。一方、アンモニアはこれまでの肥料などの用途に加えて、二酸化炭素を排出しない燃料としての需要が大幅に増えると見込まれます。今後、アンモニアを増産するには、低温低圧条件で運転でき、小型化した製造設備をさまざまな場所に設置できるような新しいアンモニア合成法も選択肢として検討されるべきではないでしょうか」。環境負荷の少ない合成法による新たな生産方法を実現すべく、上口 専任研究員は努力を続けている。

(取材・構成:池田 亜希子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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