2025年3月26日水曜日

コロイド分子の秩序形成メカニズムを解明 プレスリリース 2025年3月25日 東京大学

https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20250325.html


https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20250325.html

発表のポイント

  • リアルタイム三次元イメージングとシミュレーションを用いて、分子のように特定の構造を持ちながら集合するコロイド分子の動的構造を解析した。その結果、コロイド分子は本質的に特殊な回転対称性を備え、液体のような無秩序な構造から連続的な秩序形成を経て、その対称性が顕在化することを明らかにした。
  • 溶媒のイオン強度を動的に調整することで、コロイド分子の秩序形成を誘導する新しい手法を開発し、分子動力学シミュレーションによってその有効性を検証した。
  • 本研究は、コロイド分子の動的特性に関する物理的理解を深めるとともに、その形成過程の複雑さを克服するための新たな手法を提供し、階層的に組織化された超構造の設計や材料科学への応用が期待される。
エマルジョン内に自発的に形成されたコロイド分子(CMs)の模式図
 
エマルジョン内に自発的に形成されたコロイド分子(CMs)の模式図 

発表概要

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野の田中肇シニアプログラムアドバイザー(特任研究員/東京大学名誉教授)、中国科学技術大学 トン フア教授、復旦大学 ホアン ファンガ博士、ロン ユージエ博士、チェン・ヤンシュアン博士、ホアン ジーピン博士、ニー ジーホン教授、リー ウェイ教授、タン ペン教授の研究グループは、分子のような形態を持つコロイド分子の形成機構について研究を行いました。コロイド分子(Colloidal Molecules, CMs)は、分子のような構造と動的な性質を持つ人工的なコロイドクラスターであり、マクロ分子やタンパク質と似た挙動を示します。これらは階層的に組織化された超構造を構築する重要な構成要素として期待されています。しかし、コロイド分子の動的特性を実験的に詳細に解析することは、これまで大きな課題となっていました。
本研究では、共焦点顕微鏡(注1)によるリアルタイム三次元イメージングとシミュレーションを組み合わせることで、ミクロンサイズのコロイドをエマルジョン(注2)内に閉じ込めたモデル系を用いて、コロイド分子の動的構造を可視化することに成功しました。その結果、コロイド分子の動的構造は本質的に非対称であり、液体のような配置から秩序形成が進行する過程で特異な角度対称性(注3)が現れることを明らかにしました。さらに、溶媒のイオン強度(注4)を動的に調整することで、コロイド分子の秩序形成を誘導できる新しい手法を開発しました。この手法の有効性は、分子動力学シミュレーションによっても検証され、実験的な実装に向けた具体的なプロトコルも提案しました。
本研究により、コロイド分子の動的特性に関する理解が大きく前進し、その形成プロセスの制御が可能になりました。これにより、コロイド分子を利用した新しい超構造材料の設計が促進され、将来的にはナノテクノロジーやソフトマテリアル科学の分野での応用が期待されます。例えば、精密なコロイド集合体の制御による新機能性材料の開発や、タンパク質のような自己組織化システムの研究への貢献が考えられます。
今回の成果は、コロイド分子の形成プロセスを自在に操るための新たな道を開くものであり、基礎研究のみならず、次世代の材料科学や医療・バイオテクノロジー分野への応用にも大きな可能性をもたらすと期待されます。

本成果は2025年3月21日に「Nature Communications」で公開されました。


ー研究者からのひとことー

本研究では、コロイド分子の動的構造をリアルタイムで可視化し、その秩序形成のメカニズムを解明しました。さらに、溶媒のイオン強度を調整することで構造制御が可能であることを示しました。この成果により、コロイドを用いた超構造材料の設計が大きく前進し、ナノテクノロジーやソフトマテリアル分野での応用が期待されます。今後は、より複雑なコロイドシステムへの適用や実験的な最適化を進め、材料科学や生物物理学へのさらなる貢献を目指したいと思います。(東京大学 先端科学技術研究センター 田中肇シニアプログラムアドバイザー)

発表内容

コロイド分子(Colloidal Molecules, CMs)は、分子のような幾何学的配置を持ち、柔軟な運動や熱的ゆらぎを示す人工的なコロイドクラスターです。これらは階層的な超構造を形成する上で重要な要素ですが、その動的構造や秩序形成のメカニズムを実験的に詳細に観察することはこれまで困難でした。本研究では、共焦点顕微鏡によるリアルタイム三次元イメージングとコンピュータシミュレーションを組み合わせることで、コロイド分子の動的構造と形成過程を詳細に解析し、新たな知見を得ました。
本研究では、ミクロンサイズのコロイドを内包したエマルジョンをモデル系として用いることで、電荷間相互作用を調整可能なシステムを設計し、コロイド分子の動的構造を共焦点顕微鏡によりリアルタイムで三次元観察しました。その結果、図1に示したようにコロイド分子の動的構造は本質的に非対称であり、液体のような無秩序な状態から徐々に秩序が形成されることで角度対称性が現れることが明らかになりました。従来の一次相転移(注5)のような急激な変化ではなく、連続的かつ段階的な秩序形成が起こることが確認されました。特に、5つの衛星コロイド粒子(注6)を持つ「5-CM」構造においては、他のコロイド分子とは異なる多様な構造形態(多形性)が見られ、より複雑な挙動を示しました(図1最下部左の二つの構造)。この非対称性は、曲面上に拘束された衛星粒子の集団運動によって生じ、粒子間の反発相互作用がトムソン型メカニズム(注7)に従っていることが示唆されました(図2)。さらに、この非対称性はエネルギーとエントロピー(注8)のバランスによって決定されるため、粒子間相互作用の範囲が短くなるほどより顕著にあらわれることが分かりました。


図1:コロイド分子の構造。

 
図1:コロイド分子の構造。異なるサイズの中心コロイド(直径σc)を中心にN個の衛星コロイド粒子(直径σs)が配位したコロイド分子(N-CM)の共焦点顕微鏡画像およびの再構成された三次元配置。

図2:コロイド分子の構造揺らぎ。

 
図2:コロイド分子の構造揺らぎ。N-CMの構成的揺らぎ(下段)を、それぞれのNに対応する標準的なトムソン解(上段)と比較する。側面図および上面図を示し、回転後に最大限重ね合わせた際の衛星粒子の位置を点で示している。5-CMについては、それが三角二重錐または四角錐構造のいずれに近いかに基づいて分類してある。 

コロイド分子の秩序形成をスムーズに進めることは、階層的超構造を設計する上で重要な課題です。本研究では、熱的ゆらぎが自己組織化ダイナミクスにおいて重要な役割を果たし、転移の多段階プロセスや成長経路の分岐を引き起こす可能性があることを示しました。しかし、こうしたゆらぎを制御し、望ましい構造を効率的に形成させることは従来の手法では困難でした。そこで、溶媒のイオン強度を動的に調整することで、コロイド分子の秩序形成を効率的に誘導する新たな手法を開発しました。この方法では、コロイド粒子間の電荷相互作用の遮蔽効果(注9)を制御することで、特定の角度対称性を持つ構造へと効率的に誘導することが可能になります。この手法の有効性は分子動力学シミュレーションによって実証され、短時間で高い収率を実現できることが示されました。さらに、実験パラメータとの対応関係を明確にすることで、最適な条件を特定できる理論モデルを構築しました。
本研究で得られた知見は、単にコロイド分子の動的特性を解明するだけでなく、より高度な自己組織化構造を設計するための重要な指針を提供します。特に、熱的ゆらぎによる構造形成プロセスの影響、角度対称性が発現するメカニズム、相互作用の範囲と非対称性の関係、イオン強度の動的調整による構造誘導などの要素は、複雑な階層構造を実現するための設計戦略に直結します。また、近年注目されている非平衡経路を利用した「ショートカット」戦略に対しても、本研究のコロイド分子システムは実験的な検証の場を提供します。コロイド分子は、複雑な多次元パラメータ空間を持つため、シミュレーションと実験の両面から非平衡系の理論モデルを検証するための新たなプラットフォームとしても期待されます。
本研究の成果は、ナノテクノロジーや材料科学の分野における超構造材料の設計に新たな展開をもたらすと期待されます。特に、精密なコロイド集合体の設計(フォトニック結晶やスマート材料への応用)、タンパク質の自己組織化メカニズムの解明(生物物理学への応用)、非平衡自己組織化システムの理論モデル検証(計算科学との融合)など、幅広い分野への応用が見込まれます。今後、より複雑なコロイドシステムへの適用や実験的な最適化が進むことで、材料科学や生物物理学へのさらなる貢献が期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学先端科学技術研究センター高機能材料分野
  田中 肇 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)/東京大学名誉教授

復旦大学 
 ホアン ファンガ博士
   ロン ユージエ博士
   チェン・ヤンシュアン博士
   ホアン ジーピン博士
   ニー ジーホン教授
   リー ウェイ教授
   タン ペン教授

中国科学技術大学
 トン フア教授

論文情報

雑誌名:Nature Communications
題 名:Dynamic and asymmetric colloidal molecules
著者名:Huang Fanga, Yujie Ronga, Yanshuang Chen, Jiping Huang, Hua Tong, Zhihong Nie*, Hajime Tanaka*, Wei Li*, and Peng Tan* *責任著者
DOI:10.1038/s41467-025-58057-1
URL:https://doi.org/10.1038/s41467-025-58057-1

研究助成

本研究は、文部科学省科学研究費 特別推進研究(JP20H05619)の支援により実施されました。

用語解説

  • (注1)共焦点顕微鏡
    共焦点顕微鏡(共焦点レーザー走査顕微鏡)は、レーザー光を用いて試料を一点ずつ照射し、その反射光や蛍光をピンホールを通して検出する顕微鏡です。ピンホールにより焦点面以外の不要な光が除去されるため、高いコントラストと解像度が得られます。また、焦点を変えながら多数の画像を取得し、三次元再構成が可能な点も特徴です。生物学や材料科学の分野で、細胞内部の観察や微細構造の解析に広く利用されています。
  • (注2)エマルジョン
    エマルジョンは、互いに混ざり合わない2種類の液体が微細な液滴として分散したコロイド系のことです。代表的な例として、水と油の混合系があり、水中に油滴が分散した油中水型(O/W型)や、油中に水滴が分散した水中油型(W/O型)があります。乳化剤(界面活性剤)を加えることで、液滴の安定性が向上し、分離を防ぐことができます。エマルジョンは食品(マヨネーズ、牛乳)、化粧品、医薬品、塗料など幅広い分野で利用されています。
  • (注3)角度対称性
    角度対称性とは、物体の形状が特定の角度で回転しても変化しない性質を指します。例えば、回転軸を中心に物体をある角度だけ回転させたとき、元の状態と同じ形状が維持される場合、その物体はその角度に対して対称的であると言います。この対称性は、物体の構造が規則的であることを示し、特に結晶や自己組織化した物質において重要な役割を果たします。
  • (注4)イオン強度
    イオン強度とは、溶液中に存在するイオンの総合的な影響を示す指標です。具体的には、溶液中に含まれるイオンの数やそのイオンの電荷の大きさを考慮して、溶液全体の性質を評価するために使われます。イオン強度が高いと、イオン同士の相互作用が強くなり、溶液の導電性や化学反応に与える影響が大きくなります。
  • (注5)一次相転移
    一次相転移とは、物質がある状態から別の状態に急激に変化する現象です。この過程では、物質のエネルギーや密度などの物理的性質が不連続的に変化し、例えば、液体から固体への凍結や気体から液体への凝縮がその例です。一次相転移は、特定の温度や圧力で発生し、相転移点でエンタルピーやエントロピーが変化します。
  • (注6)衛星コロイド粒子
    衛星コロイド粒子は、主コロイド粒子の周囲に付着した小さなコロイド粒子です。これらの粒子は、主粒子の表面に物理的または化学的相互作用によって固定され、集合体や複合体を形成することがあります。衛星粒子は、主粒子の特性に影響を与えたり、特定の機能性や構造を付加する役割を果たすことがあります。
  • (注7)トムソン型メカニズム
    トムソン型メカニズムは、物理学者J.J. Thomsonの業績に関連しています。彼のプラズマモデルでは、電子が均等に分布しているという特徴を持ちながら、原子内の電子の配置に関して、回転対称性や離散的な対称性を持つとされていました。このモデルでは、原子は中心に正の電荷を持つ球形のコア(原子核)と、その周りに負の電荷(電子)が規則正しく配置されていると考えられました。特に、離散的な対称性に関しては、電子は原子核を中心に、特定の位置に配置され、これが対称性を持つとされました。電子は球対称ではなく、離散的な配置(例えば、特定の点や領域)に配置されるという考え方です。この配置は、回転対称性や反転対称性を考慮に入れたもので、電子はこれらの対称的な配列に従って配置され、原子全体としては電荷の均衡を保つようになっています。後に、このモデルは原子核の存在と量子力学的な考慮によって修正され、電子が特定の軌道に配置されるという現在の原子モデルに進化しましたが、トムソンモデルの離散的な対称性はその後の似たような状況における対称性の理解に役立っています
  • (注8)エントロピー
    エントロピーは、熱力学における無秩序の度合いや情報の不確定性を示す物理量です。物理系がどれだけ多くの微視的な状態を取ることができるかを表し、系の状態の不確定性や乱雑さの指標となります。エントロピーが高いほど、系はより多くの可能な配置を持ち、秩序が少ない状態にあることを意味します。熱力学的には、エントロピーの増加は自然の過程において不可逆的な方向性を示し、エネルギーの散逸や平衡状態への移行を伴います。
  • (注9)遮蔽効果
    遮蔽効果(しゃへいこうか)とは、電荷間の相互作用が他の周囲の荷電粒子によって弱められる現象です。特に、原子や分子の内部で、外部の電荷が内部の電場を遮蔽することによって、相互作用の強度が低下します。これにより、クーロン力や静電相互作用が減少し、電子やイオンの挙動に影響を与えることがあります。

問合せ先

東京大学 名誉教授
東京大学 先端科学技術研究センター 高機能材料分野
 シニアプログラムアドバイザー(特任研究員)田中 肇(たなか はじめ)

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