2022年7月13日水曜日

定年後に独学で作る趣味の人形→「これは趣味レベルじゃない!」 10万人が称賛「隠れ巨匠」「美少年人形の理想がここにある!国宝…」

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有間皇子(ありまのみこ)の人形



2022年07月13日 07:00  まいどなニュース

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趣味で作られたという、有間皇子(ありまのみこ)の人形 (画像提供:永瀬卓)©永瀬卓
趣味で作られたという、有間皇子(ありまのみこ)の人形 (画像提供:永瀬卓)©永瀬卓

「『趣味で人形を作っています』という老紳士を紹介された…『ちょ、ちょっと待って下さい、これ趣味レベルじゃないっw』確かにネット検索してもお名前がヒットしない。私は隠れ巨匠に出会ってしまったのか!?」というツイートが話題になった。10万以上の「いいね」が付き、2.2万リツイートされた投稿の投稿主さんと、人形の作者さんにお話を聞いた。

【写真】美しく凛とした表情、衣裳もすべて独学で手作りだ

趣味で作っていると紹介された写真に写っていたのは、有間皇子の人形。政争に巻き込まれ、若くして命を奪われた飛鳥時代の悲劇の皇子の人形は、憂いを帯び、何かを語り出しそうな儚い表情。繊細な指先、精緻な意匠が美しい衣裳と装身具。一目見て、ハッと息を呑む美しさだ。

SNSでは、「息づくような繊細さに目と心を奪われる……!」「この高クオリティが世に知られていなかった事実ゾクゾクする」「探し求めていた美少年人形の理想がここにある!国宝…✨」といった称賛の嵐で溢れた。また、反響の中には、「ほぼ間違いなく私の中学の時の美術の先生なんだけど。あの頃から確かにすごい人だと思ってたけど、今でもお元気にこんな才能を発揮されていらっしゃるとは…」など、かつての教え子達からの驚きや喜びの声も数多くあった。

投稿したのは自身も人形を制作している大阪府在住の日本画家・中田文花(なかたもんか)さん。そして趣味で人形を制作するという元・美術教師の永瀬卓さん(73歳)のお2人にお話を伺った。

「素晴らしいお人形が世に埋もれないように」

2人の出会いは、2年前の奈良・東大寺の伝統行事である「お水取り(修二会)」がきっかけだった。お水取りを聴聞(ちょうもん)しに東大寺そばの「小さなホテル奈良倶楽部」に宿泊した永瀬さん。作品を気に入った同ホテルのオーナーである谷規佐子(たにきさこ)さんが、永瀬さんとたまたま同じ日に宿泊していた旧知の仲の中田さんに引き合わせたという。

SNSを一切していない永瀬さんに、承諾を得て投稿した中田さん。「この素晴らしいお人形が世に埋もれないことを願い、多くの方に見ていただけるきっかけになれば」と話し、実際、先述の通り、多くの称賛の声があがった。

今回の反響について、中田さんから伝えられた永瀬さんは、「お水取りがきっかけで、今回の出来事が起きましたもので、何か・・・(東大寺二月堂の)観音様の『計らい』のもとに動いているように思います。その『計らい』と谷様、中田文花尼様(中田さんは華厳宗の尼僧でもある)のお導きで、人形達が本当に光出して自ら動き出したような。人形たちの歩みが始まったような景色でございます。皆様からありがたいコメントをたくさんいただきまして、まるで自分自身のことでは無いかのように感じております」と胸の内を語る。

まるで夢幻能の世界観「挽歌の心持ちで、この世に残してあげたい」

埼玉県在住の元・美術教師である永瀬さんは、60歳で定年退職してから、完全なる個人の趣味として、独学で人形制作を始めた。美術教師だったものの、今まで本格的な人形制作の経験は無かったそうだ。約13年の間に制作した人形は、50体以上。そのほとんどが、現存最古の歌集『万葉集』に登場する古代の人々、古代の女神などが題材だ。そして、どの人形にも「深い悲しみ」「死」「儚さ」といった共通の世界観がある。

中田さんは、その魅力について「ただキレイなだけではなく品格があり、選んだ題材を深く解釈なさっています。おそらく、永瀬さんはお能をご存じで、霊的なものが語りだす『夢幻能(むげんのう)』を意識されています」と語る。

永瀬さんも制作時の気持ちを「その人物への哀悼の意と申しますか、レクイエムですね。挽歌(ばんか)の心持ちで、何か形にしてこの世に残してあげたいという悼む気持ちです」と話す。そして、その気持ちでつくり続けるだけで、充足していたという。

永瀬さんをそこまで人形制作へと駆り立てるきっかけは何だったのだろうか?

すべては、有間皇子への想いから

学生の頃から万葉集が好きだった永瀬さん。ある時、万葉集研究の第一人者・中西進の『万葉集』関連の文庫本表紙を飾っていた人間国宝の鹿児島寿蔵(かごしまじゅぞう)が制作した有間皇子の人形に心を奪われた。鹿児島寿蔵は、昭和期の人形作家・歌人で紙塑人形(しそにんぎょう)の創始者だ。

永瀬さん曰く、「その有間皇子がいたく心に残りまして、いつもわたくしの頭の中に浮かんでいるんですね」と語る。そして、井上靖の小説『額田王』の一節にある「額田よ、悲しい時でないといい歌はつくれないような気がする」と有間皇子が額田王に語ったこの一言が、ずしんと胸に響いたという。

「和歌をつくるキラキラとした才能ではなく、悲しみの極みが蒸留されたような形で歌が生まれる。才能や才覚でなく、そういう次元の作品というものがあるのだろう。悲しみの底に沸き立つような、本当に自然と出てきた歌。そういう想いのなかで、有間皇子という少年のまま処刑されてしまった無念の想いや悲しい運命をなんとか形にしたいなと」。

定年退職後、ふと人形づくりにチャンレンジしようと思った時、真っ先につくりたいと思ったのが有間皇子の人形だった。それがすべての始まりで、今日に至っている。

驚異の人形制作過程、気が遠くなるほど緻密な作業の数々

1体の人形制作には、およそ3カ月かかるそうで、人形の装束や装身具などもすべて永瀬さんの手づくりだ。同時に複数体つくることを一切せず、1体に全神経を集中して制作をおこなっている。

石塑粘土(せきそねんど)で原形をつくり、乾燥したらサンドペーパーで研磨した後、胡粉(ごふん)を全身に塗る。しかし、顔だけは艶を出すために胡粉を薄く何度も重ねて塗るという。実はここまでの工程だけでも、粘土が乾燥したことで、人形が持つ笛の穴と人形の指がズレてしまったら、やり直すほどの細やかさで進められている。

筆先が極細の面相筆(めんそうふで)で髪の生え際を細かく丁寧に描き、カゲロウの羽と呼ばれるほど薄いことで知られる典具帖紙(てんぐじょうし)を日本画の顔料を用いて自身で色を作り出し、色むらがないよう染める。

その染め上がった典具帖紙を何枚も重ねて貼り、まるで実際に着ているかのような生地の皺感やニュアンスを出した衣裳ができあがる。そこに面相筆で正倉院文様など古代の意匠を描くのだ。精緻な簪(かんざし)なども、手芸屋で材料をそろえ、粘土に色を付けて自身の手で創り出す。気が遠くなるような工程を経て、1体の人形ができあがるのだ。

納得のいく表情にたどり着くまで何度も何度もつくり直す

これだけ手間ひまをかけて制作したにもかかわらず、どうしても自身が思う表情にならず、何度もつくり直しをした人形も多いと永瀬さん。

例えば、天武天皇(てんむてんのう)を父に天智天皇(てんじてんのう)皇女・大田皇女を母に持ちながら、謀反の罪で死を賜った飛鳥時代の皇子「大津皇子(おおつのみこ)」は、永瀬さんの心をとらえたが、人形制作は困難を極めたと話す。

「大津皇子(おおつのみこ)のお顔は、どういうお顔にしたら良いのか・・・何度も何度もつくり直しをしました。でもこれが限界かなと。もっと男らしい顔があるんだろうけど、つくれませんでした。死を目の前にした者の顔。怨みを出したくないので、一種の諦観(ていかん)、死を自らの定めとした静かな覚悟がお顔に出ればと」と苦心したそう。

「お顔というのは、ミクロの単位で角度を変えると、バランスが変わり表情が違って見えてしまうのです。できたと思って翌日見たら、嗚呼ダメだと思ってつくり直し。でも、つくり直したら前のお顔の方が良かったなと、こういう具合なんですよ。そのお顔にたどり着くまで、何度もお顔を削ってを繰り返して…これで良いと思える妥協点を見つけるのが大変です。結構、人形をダメにしてしまったんですよ」

そんな永瀬さんは、実は平成29年に東京日本橋の画廊で個展を開催したことがある。ただ、人形を輸送する際、費用等の問題から日本通運やヤマト運輸の「美術品輸送」を利用することができず、画廊に届いた時には、首や指が折れてしまったものがあった。また画廊を借りる費用を工面するのも大変だった。

そこで同じ人形作家として、個人の力で個展を実現するのが難しいと感じ取った中田さんは、「人形達ゆかりの地である奈良で展覧会を開催できればという思いからSNSで発信しました。制作者の永瀬さんは本当に謙虚で素晴らしい方ですので、私としては、個展をしたいという学芸員(キュレーター)さんや写真集を出したいという出版社さんとご縁があるといいなと思います」と語る。

「今後、さまざまな条件から作品を展示することを8~9割あきらめていました。しかし、もしも費用や運搬などの問題がクリアできるのであれば機会があればこの人形達にとっても奈良で展示できれば幸せなことだろうなとわたくしも感じております。今回はいろんな方に知っていただける機会を得て、もしかすると…と、かろうじて希望が繋がりました」と永瀬さん。

これだけ多くの人々の心をとらえた永瀬さんの作品。今後も不思議な『計らい』と導きで縁が続き、多くの人々に人形を通じて感動をもたらすことを願いたい。

(まいどなニュース/Lmaga.jpニュース・いずみゆか)

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