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連載:第3回 採用 独自ノウハウを聞く
1972年、東京・葛飾区で創業した株式会社ミヨシ。従業員数約20名という中小企業ながら、大手からベンチャー企業まで幅広く信頼を集める、プラスチックの試作・小ロット生産のエキスパートです。 高い技術力で安定した成長を続けてきた同社も、多くの町工場が直面する「採用難」と「定着率の低さ」に悩んでいました。特に、会社も社員も不幸になる離職を防ぐにはどうしたらいいのか。「会社と社員のミスマッチをなくし、社員がしあわせに働ける場所」を目指す、2代目社長杉山耕治さんの取り組みをご紹介します。
株式会社ミヨシ
代表取締役社長 杉山耕治さん
大学卒業後、三井造船環境エンジニアリング株式会社(現:三井E&S環境エンジニアリング株式会社)に入社。ごみ処理プラントの工事現場監督を務める中で、ごみとエネルギーの浪費を減らさないと未来はないと実感する。2003年に家業である株式会社ミヨシに入社し、2012年代表取締役社長に就任。入社前に感じた危機感を胸に「捨てられないものづくり 人の役に立つものづくり」という経営理念を定めた。社員一丸となってエコ活動に取り組み、2016年度に省エネ大賞中小企業庁長官賞を受賞。
採用のミスマッチは、みんなを不幸にする
――「人材の採用と定着」という課題について、杉山社長が危機感を持たれたきっかけはどのようなものでしょうか?
杉山耕治さん(以下、杉山): 当社の製造部門は覚えることが数多くあるので、吸収力などを鑑みると、どうしても 若い方の採用が重要 になります。2005年頃、人手不足や会社の将来のことを考え「若い技術者を増やさなければ」と、ある転職サイトを通してスカウトメールを送ったことがありました。そこで 一度に4名も採用できた んです! みなさん大手企業出身で、「小さな町工場にも来てくれるんだ……」と喜んだのも束の間、4人は様々な不満を募らせ、短期間で全員が辞めてしまいました。
その時心の底から思ったのは、 「こんなミスマッチはお互いにとって幸せじゃない」 ということでした。中小企業にとって人材の採用はとても大変ですし、一人の新入社員に対する期待はとても大きい。その分、退職のダメージも大きくなります。さらに、辞めてしまった社員の人生設計も狂わせてしまいます。彼らにも申し訳なかったですし、自分たちとしても「居てもらえない会社なのか……」とモチベーションが大きく下がったんです。
――採用後に感じるミスマッチを軽減するために、取り組まれたことはありますか?
杉山: 自分たちが配慮不足だった点はないか考えると、 「仕事の内容や経営理念をもっとしっかり伝えるべきだったのではないか?」 と思い当たりました。当社の主業務は、プラスチック製品の試作とそのための金型の製作なのですが、正直、 一般の方にはよくわからないですよね(笑)。 とはいえ、その業務内容を口頭で説明するのは難しいので、当社にご興味をいただいた方には、 必ず工場や事務所を見学していただく ことにしました。一緒に働くことになる社員とも顔を合わせることで、働くシーンをイメージしてもらえたらと考えました。 見学は、当社の選考に応募する前でも大歓迎です。
もう一つは、インターン生の受け入れです。昨年はここから1名の社員を採用できました。1か月働いてもらった上で、入社するかどうか決めてもらいました。1か月あると、お互いの人となりもわかってくるので、ミスマッチの可能性を大きく減らすことができます。
――採用前に、経営理念をより強く伝えようと思われた理由はなんですか?
杉山:経営理念に共感していると、この会社で仕事に向かう意味が自然と見出せる と考えたからです。当社の理念は「捨てられないものづくり 人の役に立つものづくり」です。当社は製造業に携わっていますが、その過程で生じるごみやエネルギーを減らし、「すぐに捨てられないものづくりを目指す会社」だという意識が共有できていると、同じ方向を目指して働けます。当社で実施する様々な施策は、この経営理念に基づいているからです。
――経営理念に基づく、ミヨシならではの取り組みはありますか?
杉山: 2007年からスタートさせた社内のエコ活動です。当初は、エコ=時間とお金がかかることというイメージが先に立ち、反対する社員もいました。なので「成果が出なければすぐやめる」と宣言して、ローコストで実現できることからスタートしました。
しかし、その効果を見える化していくと、職人たちが「分別用の縦置きごみ箱」や「水の流量がわかる装置」など、各々が競うようにアイデアを形にするようになっていきました。結果、電気使用量は10年で30%以上削減。職人が集うミヨシならではの光景だったかと思います。私が社長として挑戦する際には退路を断ちますが、社員を巻き込むときは「失敗したらやめる」といった余地を残しておくようにしています。
平成28年度省エネ大賞で中小企業庁長官賞を受賞したミヨシ。社内一丸の取り組みが評価された
若手が成長を実感できる環境を用意するのは会社
――もうひとつの課題である「人材の定着」について、どんな取り組みをされましたか?
杉山: 人材を定着させるには、 社員が成長を実感でき、やりがいを感じられる環境が必要 だと考えました。私は2003年に入社しましたが、その頃はまだ「見て覚えろ」の世界。でも、先輩の作業を見ていると「気が散るからあっち行け」と言われ……(笑)。結局、先輩方がつくった金型を夜こっそり見て研究したり、近所の町工場を訪ね、自分のつくったものに意見をもらって作り直すといったことを繰り返していました。
ただ、「見て覚える」は自立心がつく半面、時間がかかる。一人前になるまでの年月に耐えきれず辞める若手社員もいて、これではいけないと製造手順のマニュアル化を進めました。
――マニュアルは業務改善の手段として活用している会社も多いですよね。
杉山: ただ、当社の仕事は「マニュアルどおり」の単純作業が少なかったんですよね……。同じ完成品でも、工程がいくつも考えられるケースが多い。マニュアル化すると「この通りに進めればいい」と安心して、思考力が落ちることがすぐにわかりましたので、これはすぐに止めました(笑)。
今では、『自分で手順書をつくる』ことにしています。 自分で試した方法を残していくことで、自分の虎の巻ができていく イメージです。もちろん他の社員にも共有します。
インターンを経て入社された三崎さん(右)。入社の決め手は、社長の理念と社員の温かい応対、キレイな仕事場にあったそう
また、 『職人用のスキルマップシート』 を作成し、導入しました。現状を把握し、次に目指すステップを明確にすることで達成感を得られる効果があります。シートは新入社員と先輩社員のペアで月ごとの達成項目を考えてつくります。新入社員は、自分で決めた目標なので「押し付け」を感じることなく業務に取り組めますし、先輩からの「一年間でここまで成長してほしい」という願いも込められます。そして月末には、その達成度を双方で確認。新入社員が思いのほか低い評価をつける場合には、先輩が正当に評価して「自信を持っていい」と伝える機会にもなっています。
若手はどんどん成長します。しかし、成長しているかどうか、自分ではわからないことも多いと思います。その 成長を「実感してもらえる仕組み」は私や会社が用意すべきもの だと考えています。
月ごとに到達目標が見える『職人向けのスキルマップシート』は、成長の実感とモチベーションの維持に役立つ
一日8時間いる場所は、心地よくあるべきだ
――若手だけでなく、社員全員の満足度向上のための取り組みを教えてください。
杉山: 2年ほどかけて事務所を改装したことを挙げたいと思います。 職場での悩みの多くは人間関係が根底にある気がしていて、「風通しのいい職場」をつくりたい とデザイナーさんに相談しました。空間的にもオープンにすることで、互いの仕事ぶりが自然と見えて、一体感を持って働けるようになりました。困っていても誰かがすぐに気づくので、早めのフォローができてリスク管理にも役立っています。
なにより、寝る時間を除けば会社にいる時間は家にいるより長い可能性があります。だからこそ、 職場は心地よくあるべきだと思いましたし、結果的に社員のパフォーマンスも上がるはず と考えています。
――改装した事務所のこだわりポイントはありますか?
杉山: スペースごとに照明の色温度を変えています。色温度を示す「ケルビン(K)」という単位の数値が小さいほど温かみを感じられるのですが、ワークスペースは4000K、休憩スペースは2800K、会議室は3500K、検査室は5000Kに設定しました。 私自身が「職場の環境」に気を遣うようになった ので、居心地のいいカフェや、最新のオフィスに行くたびに、こっそり色温度の計測アプリでチェックするようになりました(笑)。社員からは、仕事にメリハリがついたという声をもらっています。
また、休憩スペースと会議室には木材をふんだんに使っています。当社の「捨てられないものづくり」という理念にも通じるのですが、長く使いたくなるものだけをつくり、地球環境を守りたいという思いを、空間からも表現しています。改装には2,400万円ほどかかりましたが、社長が社員の働きやすさのためにできることは、 ハードとソフト両面での環境改善 なのかなと思います。
また、こういった 目に見える部分に経営理念を落とし込んでいることによって、当社に見学に来ていただいた際に、ブレることなくそれを伝えることができます。 採用のミスマッチの防止にもつながると考えています。
光が差し込み温かみのある休憩スペースで、スタッフ全員とランチタイム(右)。改装前に昼食をとっていたスペース。雰囲気が一変した(左)
――ソフト面の満足度向上策はどうですか?
杉山: 有給休暇の取得増と残業減を目指しています。これまでは、責任感をもって仕事にあたる人ほど有休取得率が低かったんです。当社は仕事の関係で祝日に出勤することも多いのですが、そういった場合に全員での出勤をやめ、半数は出勤し半数は有休、といった有休奨励日を設け、 社員全員が偏りなく有給休暇を取得できるように しました。残業減に関しては、私が「早く帰ろう」と言い続け、繁忙期以外はほとんどの社員が19時までに退社するようになってきました。
ただ、改修で居心地が良くなった休憩スペースの傍らにはお土産などでいただいたお酒が並んでいるので、19時まで頑張って仕事を切り上げてから飲む社員を見かけることもあります(笑)。色々な意味で、雰囲気は一変しましたね。
経営理念は「具現化し、発信」しないと伝わらない
――人材の採用と定着に向けてさまざまな施策を講じた結果、感じることはありますか?
杉山: 経営理念を体現した新しい事務所の効果はまだまだこれからですが、エコ活動の発信は若手の求職者にアピールできるポイントになったと思います。その取り組み自体は大それたものではありませんが、当社の方向性を感じてもらうために就職相談会などでの発信は続けています。結果、 当社にご興味をいただく方は、社会性や環境意識、持続可能性を重視している方が多い印象 です。
また、「省エネ」や「環境対策」をキーにした相談が他の企業から寄せられるようになり、新たな事業展開が続々と生まれています。例えば、燃料電池部品の受注生産やライフサイエンス分野、植物由来のプラスチックの開発にも参画することに。 会社の方向性を定めて具体的に行動に移し、発信することの大切さ を身に染みて感じています。
――最後に、人材の採用・定着に継続して取り組み続けている理由を教えてください。
杉山: プラスチックの試作が当社の軸であることは変わりませんが、将来は環境関係の事業を展開したいという思いがあります。そのためには、経営面での体力をつけ、技術・人材を備えていくことが必要です。以前、ベンチャー企業との協働でロボット開発に取り組んだことがありました。会社にとってはいい経験だったのですが、社員には本当に大変な思いをさせました。本業を傾けることなく、世の中に必要とされるサービスを提供できる会社になるために、社員数は10年後に倍程度まで増やしたいですね。働きやすさを常に意識しながら、社会に必要とされる会社になりたいと考えています。
(取材・文:岡島梓 撮影:根津佐和子)
バックナンバー (4)
採用 独自ノウハウを聞く
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この記事についてコメント(21)
後ろに見えるメーカー系に就職した3年目だけど、どうしても言いたい事が沢山ある。それらしい単語を並べても言い換えに過ぎない。 労働環境が悪くなければ定着する。あえて言うなら、仕事はきつくても給与に問題が無く、人間関係が悪くなければ人は定着する。 給与や厚生面だけではない、そもそもの働き方や人間関係と、そこに働く人たちの考え方であり、”ミスマッチだったから仕方がない”ではない。それは募集時に理想ばかりを語る会社側が起こしたミスマッチであり、聴こえ良く言い換えたところで、会社が”見限られた”ことに変わりない。 小さな会社でも来てくれるんだ・・・ 大手内から見れば、今や官向け設計や製造も実務は委託や子会社、協力派遣の寄せ集め、町工場に依頼がほとんどで、物つくりをできる人間が居ない。小さな会社=現場で働きたい人間は沢山いるが、現場に居る人間は”もうそこでずっと働くしかない人達”が多い。仮に入社して、彼ら若手の給与で近い将来家庭を持って、安心して子育てができるのか。 コンプライアンスの欠片もない古い面接を行い、薄給で松井やイチローを買おうとしていないか。面接担当者を面接”官”と考えていないか。企業の窓口である責任を持って接したか?個人情報を受けて企業側は部署も名前も提示していない事は無いか。 ミスマッチとするのであれば、いったい企業側は何を求めているのか?このような企業の調査で面接を受けた経験者(エントリーを多少アレンジしての調査が存在する)からすれば、これからこの会社で仕事をしたいと考えて応募し、まず企業側が何々をしたいとビジョンを示して”将来”を語るべきなのに、警察張りの尋問方式で、空白期間を執拗に責める”過去”ばかりを見ている会社、休日の過ごし方や家族構成まで尋ねる、公私混同な古臭い中小企業が非常に多かった。 スキルマップシート・・・ あり得ない程細分化され、とうてい到達するに難しい目標を設定し、評価査定はスズメの涙。ベンチャーであればストックオプションという言葉すら知らないかもしれない。 社員に求めるよりも、まず会社のロードマップを提示すべき。それを匿名で社員から評価されるなら、どう考えるか。経営者や会社のスキルマップシートを、社員に作らせてみたら良い。それをされて社員がどう感じるかが理解できなければ離職されて当然。 職人、先輩、集団で食堂、バーベキュー大会や、残業後の飲み会、社員旅行や運動会までやってるかもしれない。そんなアットホーム昭和ファミリーをやられても断りようが無い。将来性のない会社で若手はいつ個人の時間を持てるのか?もうここに出てる内容全部が古すぎて嫌になる。
2020年03月11日 31ミッション(使命)とビジョン(理念)とバリュー(大切にする価値観)は、中小企業こそ必要なのだと改めて思いました。そして、壁に貼る経営理念でなく、心に刻む経営理念を、トップ自らが行動を通し落とし込むことの重要性も。
2019年04月04日 29採用上のミスマッチは、本当に会社と個人双方を不幸にしてしまうので、杉山社長のように思ったことを人事施策として実践する経営者は素晴らしいと思います。 若手社員の成長を実感できる環境づくりをしっかりとされているので、評価を精神的な報酬ばかりでなく、金銭的な報酬に繋げられるような人事評価の仕組みも組まれていると思うので、そのあたりまでも含めて広く発信されれば、より注目される会社として評価されるのではないかと思いました。 こういった中小企業の事例が、もっともっと広く社会に発信されていくといいですね。
2019年04月03日 28考え続けることで、人は成長すると思っています。なぜその仕事をやるのか、なぜの作業があるのか、なぜなぜなぜ…。考える手段として、統一のマニュアルより、個々の手順書を作る考え方は参考になります。その他、社長の考え方にはとても、共感ができました!
2019年04月03日 24少数精鋭の中小企業は、機能価値(スペック)であるスキルとキャリアではなく、経営者の思いや志としてのミッションと、それを実現するためのビジョン、達成できたときのベネフィットを、情緒価値として共感できることが雇用する側も雇用される側も重要なのがわかった事例じゃないかと思います。
2019年04月26日 4恐らくは男性主体の職場で、しかも若さを求める採用なのが腑に落ちませんでした。中年女性とかじゃダメなの?? 手先の器用さ、(他に仕事がないから)熱心に勉強するし何より辞めない、というメリットは大きいと思うのですが。 仕事の飲み込みも、多少の年齢よりは個人差の方が大きいと思うし。 頭が悪くても若くて元気な男性を採用したいという事業所は多いですが、実は根拠のある基準ではなく、自分たちと同じ属性で尚且つ扱いやすい人材を求めてるだけですよね。それで人手不足とか言われても・・ というかプラスチックの成型って、そんなに覚えること多くて難しいでしょうか??細々覚えること多くて品質も求められてその都度工夫する必要があってと、色々あるだろうけど、それはどの仕事でも同じですよね??世の中にはもっと難しい仕事に年取ってからついてる人いますよね??中年以降に国家資格取って(弁理士とか)バリバリ働いてる人もザラにいるし。そういう人と接したことないから実感湧かないんだろうけど。 なんか、この社長の取り組みは素晴らしいと思うけど、人材を年齢で切り捨てる思考停止な古い価値観とか、育児で仕事にあぶれた優秀な女性への配慮の無さとか、好感持てませんでした。
2021年03月30日 1「――採用後に感じるミスマッチを軽減するために、取り組まれたことはありますか? 杉山: 自分たちが配慮不足だった点はないか考えると、 「仕事の内容や経営理念をもっとしっかり伝えるべきだったのではないか?」 と思い当たりました。当社の主業務は、プラスチック製品の試作とそのための金型の製作なのですが、正直、 一般の方にはよくわからないですよね(笑)。 とはいえ、その業務内容を口頭で説明するのは難しいので、当社にご興味をいただいた方には、 必ず工場や事務所を見学していただく ことにしました。一緒に働くことになる社員とも顔を合わせることで、働くシーンをイメージしてもらえたらと考えました。 見学は、当社の選考に応募する前でも大歓迎です。」 「――人材の採用と定着に向けてさまざまな施策を講じた結果、感じることはありますか? 杉山: 経営理念を体現した新しい事務所の効果はまだまだこれからですが、エコ活動の発信は若手の求職者にアピールできるポイントになったと思います。その取り組み自体は大それたものではありませんが、当社の方向性を感じてもらうために就職相談会などでの発信は続けています。結果、 当社にご興味をいただく方は、社会性や環境意識、持続可能性を重視している方が多い印象 です。 また、「省エネ」や「環境対策」をキーにした相談が他の企業から寄せられるようになり、新たな事業展開が続々と生まれています。例えば、燃料電池部品の受注生産やライフサイエンス分野、植物由来のプラスチックの開発にも参画することに。 会社の方向性を定めて具体的に行動に移し、発信することの大切さ を身に染みて感じています。」
2020年02月26日 0
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