2024年6月6日木曜日

「クレームに応じすぎると過剰品質につながる」旧弊に立ち向かった3代目の挑戦

https://bizhint.jp/report/985789?utm_campaign=20240606_post_news&utm_medium=email&utm_source=bizhint.jp&trcd=eml_pr_20240606_post_news_report01

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連載:第73回 組織作り その要諦


BizHint 編集部2024年5月9日(木)掲載

「経営も事業も何もわからない状態で、家業を継ぐことになったんです」。そう語るのは、山仁薬品株式会社の3代目 関谷康子さん。引き継ぎのない状態で入社して目にしたのは雰囲気が暗い組織と、営業に出ない営業部…。「クレームに応じすぎると過剰品質につながる」という思想が流れる組織に経営者としてどう対峙し、時代に適応した経営を進めてきたのか、お話を伺いました。

メインビジュアル

山仁薬品株式会社
代表取締役 関谷康子さん

兵庫県芦屋市生まれ。摂南大学薬学部卒業後、杏林製薬を経て 2009年8月、山仁薬品に入社。2010年1月、代表取締役に就任


上場までのスケジュールと内部統制構築ガイド

挨拶がない「暗い会社」で新米社長が取り組んだこと

――2009年に山仁薬品に入社、そこから半年もしないうちに3代目に就任されています。入社から社長就任に至る経緯を教えていただけますか。

関谷康子さん(以下、関谷): 当社は祖父がシリカゲル乾燥剤の販売権を日本で初めて取得し、1954年に個人商店として創業したのが始まりです。以来、シリカゲルを日本に広め、2代目の父は靴や衣料品、家庭用へと市場を拡大してきました。

一方、私は大学で薬学を学んだのち、製薬会社でMR(医薬情報担当者)として働いていました。私が30代半ばに差し掛かった頃、父が病に倒れ、後を継ぐことになりました。

父は私の入社する少し前に引退。私は父から引き継ぎを受けられませんでしたので、会社経営はもちろん、事業の中身すらもわからない状態からのスタートでした。

――入社されていかがでしたか?

関谷: まず感じたのは覇気がない、ということ。社員同士がすれ違っても挨拶しない。またそのことに、誰も疑問をいだいていませんでした。

そして営業面では、お客様を訪問しないことに驚きました。営業スタッフはずっと机に向かっていて、新規開拓もお得意先への訪問もしないのが当たり前…。

聞けば「自ら営業に行く必要はない」というのが先代・父の方針でした。それでもある程度は注文が来るので、経営は成り立っていました。

そうした中で、私が最も違和感を感じたのが「クレーム」への考え方。

「クレーム対応は、ほどほどで良い」。さらには「クレームに応じすぎると過剰品質につながる」という思想が組織に根付いていました。

言いたいことはわからないでもないですが、これは私が目指す会社の姿とは違いました。

当社は創業以来「三方よし」「すべては人から」といった信念を掲げています。この雰囲気、社員の姿勢が続けば、当社はいずれお客様や時代の変化に取り残され、立ち行かなくなる日が来ると感じました。

――そのような組織と、どう向き合っていかれたのでしょうか?

関谷: 最初に取り組んだのは「挨拶」です。私は会社のことをまだ何もわかっていませんでしたが、挨拶ならできると考えました。

しかし、「おはよう!」と挨拶しても、最初は無関心、無反応。それ以前は挨拶をする習慣もありませんでしたから、すぐに挨拶を返せないのも無理はありません。一方で、新参者の私が会社を変えようとすることへの抵抗感も根っこの部分にはあったのでしょう。

それでも、毎日毎朝やり続けていると、少しずつ目が合うようになり、軽くうなずいてくれるようになり、小さい声で返事をしてくれるようになり…。1年続けた頃には挨拶が当たり前の環境になりました。

――営業の姿勢についてはいかがですか?

関谷: とにかくお客様のもとへ足を運ぶようにしました。

購買頻度や金額に応じたお客様ごとの「訪問計画」を策定し、担当者が一定の頻度で訪問するのです。その訪問で売れなくても良い。お客様から直接ご意見をいただき、次の提案や商品開発につなげるためのヒアリングを行うようにしました。

――営業の社員にとっては大きな変化です。

関谷: そうですね。最初は「呼ばれてへんのに何で行く必要がある?」といった反発もありました。しかし私としては、とにかく訪問する習慣をつけてもらいたかったので、都度説明して、訪問をしてもらいました。

というのも、当時はある程度安定したご注文をいただけていましたが、私としてはそのような状況がずっと続くとは考えていませんでした。いずれ、アップセルや新規開拓が必要な時が来る。その時に動ける営業チームにしておきたかったのです。

――お客様の訪問をはじめて、変化はありましたか?

関谷: お客様を訪問するようになって、大きく増えたものがあります。それは「クレーム」です。訪問前と比べて3倍以上になりました。

ただ見方を変えれば『それまで見えていなかった問題が、見えるようになった』ということでもあります。

私たちが足を運んだことで、お客様はクレームを言う相手がようやく見つかったわけです。お客様は不満をいだきながらも、不満を伝える営業スタッフが来ないまま、仕方なく当社とお付き合いしてくれていたことがわかってきました。そのような状況を放置して、もしお客様のニーズが変化し、また競合が出現したら…。推して知るべしです。

――そのようなクレームにどう対応されたのでしょうか?

関谷: ここでまさに、組織の問題が露見しました。

それぞれのクレームに対して「原因と再発防止策」を記載した報告書を作成して改善を進めていこうとしたのですが…報告書が上がってこないのです。そしてようやく出てきた報告書の対策欄には「注意喚起します」「気をつけます」と…。これでは再発は防げません。

前述した通り、長年にわたって「クレーム対策はほどほどで良い」という考えが根底にあった組織です。何度も対話・説明し、お客様に影響する問題に真摯に向き合い続ける習慣をつけてもらえるよう徹底していきました。

クレームからの再発防止策の策定、改善に取り組むサイクルが機能するまでに最低でも2~3年はかかりました。

定額減税の実務対応で間違えやすい10のポイント

既存市場はいずれ縮小する。将来を見据えた3代目の決断

――売上や利益についてはいかがでしょう。

関谷: 売上についてはコロナ禍含め多少の変動はありましたが、大きくは変わっていません。ただ、その内訳は大きく変わり、またより利益を出せる体質に変わっています。

まず、社長就任後から進めていったのが「事業の取捨選択」です。「当社が取り扱う必然性のない製品」「利益の出ていない製品」はすべて廃盤にしました。

例えば、ゴキブリ退治に使うホウ酸団子。年に数社、数件売れているという理由だけで長年在庫にストックされていました。市場には競合製品も多く、当社としては利益も少ない。取り扱う必然性はありませんでした。

当社としては、その製品の売上や利益の多寡にかかわらず、取り扱う限り「製造から販売、サポートまでを管理する責任」が伴います。貴重な経営資源が分散されてしまうデメリットのほうが大きいと考えました。

そして最終的には「創業事業のシリカゲル乾燥剤一本に集中」することになります。

――なぜ「事業の取捨選択」が必要だったのでしょうか?

関谷: これは前述した「このままでは、いつか当社は立ち行かなくなる」に通じます。

当時の当社のメイン市場は、食品・家庭用品。その市場では包装技術の進歩もあって「乾燥剤」が使われなくなるトレンドが見えていました。それは近いうちにきっと、シリカゲル乾燥剤にも波及し、当社はジリ貧になっていく…。

私としては、食品・家庭市場とは別の市場で戦うことを模索していました。そしてそのためには、事業をスリム化して利益体質を強化し、経営の柔軟性を高めておく必要がありました。そのための「事業の取捨選択」です。

さらに言えば、入社後に取り組んだ「訪問できる営業組織」「お客様の意見から改善ができる組織」も、別の市場に飛び込むための下準備でした。営業が訪問しない会社のままでは、新市場での新規開拓など絶対にできませんので…。

――実際に、新市場には飛び込まれたのでしょうか?

関谷: はい。医薬品業界をメインターゲットにする決断をし、2016年に医薬業界に向けた体制を整え、出発しました。

医薬品業界では、シリカゲル乾燥剤は医薬品の乾燥剤として用いられてきた歴史があります。少なくとも、今後10数年はシリカゲル乾燥剤の安定した需要は見込めると考えました。これは私がMR出身で、その業界に詳しいということも背景としては大きいです。

医薬品業界は品質や安全性への要求水準はとても高い。またお客様としても大きな会社が多いので、様々な対応が求められます。おそらく以前のままの当社では、参入できなかったと思います。社内の改善のサイクルが回るようになり、営業体制が整ったからこその参入です。

――この業界転換はどのように社内に説明されたのでしょう?

関谷: 経営理念の変更と合わせて伝えました。「医薬品の安定品質で、命と健康の安心をサポートいたします」という新たな経営理念を掲げました。

当社の経営理念には、戦略的な要素や事業ドメイン(事業を展開する領域)を社内にはっきりと明示する役割があります。

これによりセールスチームには「医薬品の会社に営業する」。工場には「より高度な品質管理が求められる」とはっきりイメージできるようになります。

もちろん最初は、社員も戸惑ったようです。しかし徐々に「こんな小さな会社の製品でも大手企業に採用されるんだ!」と自信をつけてくれていったように思います。

経営状態と組織づくりと市況、そのあたりが噛み合ったタイミングでの業界転換でしたが、社員にとっては当然大きな変化ですし、相応の負担はあったと思います。本当にがんばってくれました。

――タイミング、というのはたしかに重要な要素ですね。

関谷: 実は2020年、コロナ禍というタイミングだからこそチャレンジを決断したことがあります。以前からアイデアは温めていたものの形にできなかったのですが、「このタイミングだ!」と開発を決断しました。

それが「調味料の乾燥剤」。コロナ禍でアウトドアやおうちご飯のブームが巻き起こり、スパイスをはじめとした調味料の新商品が続々登場。底上げ含め、調味料市場がぐっと伸びたのです。

これは当社がはじめてBtoC(消費者向け)という市場に参入するチャレンジでもありました。たとえ医薬品事業が将来的に落ち込んでも、BtoCという別事業が成長すれば生き残れる…という先を見据えた取り組みでもあります。

そして3年の試行錯誤の末、2023年1月に販売を開始したのが調味料専用乾燥剤「カタマラーーン」。タブレットタイプのシリカゲル乾燥剤です。

メディアなどでも話題となり、アマゾンや楽天などのECサイトで販売開始したところ、すでに1万個以上を販売しています。この商品のヒットは、社員にとっても嬉しいものとなりました。

そしてこのチャレンジをはじめ、より広範に事業を広げるというメッセージを明確にするため、経営理念を「斬新なアイデアと意思ある実行力で、世の中の『不』を『快』にする」と変更しました。

今後もお客様のニーズや市場の動きを見極めながら、商品開発、市場開拓に力を注いでいきたいと考えています。

クラウドファンディングで手応えを掴んだ調味料専用乾燥剤「カタマラーーン」

人間らしさを大切にし、成長し続けるスターバックスの人材戦略

経営者は、社員のことを誰よりも考える人間であるべき

――現在、関谷社長が力を入れていることは?

関谷: 社員とのコミュニケーション、一人ひとりとの対話です。

仕組みとしては全社員30数名との個人面談があるのですが、やはり日頃から関係性ができていないと心を開いてもらえませんし、伝わるものも伝わりません。そしてそれは最終的には社員のメンタル・パフォーマンスにも影響します。

また当社には「時代に合わせて変えていくもの」として経営理念がある一方で、「絶対に変わらないもの」として企業理念『あなた仁(に)想う』があります。

「仁」とは、当社・山仁が「人」を第一とする考え方。社員との関係で言えば「会社は社員一人ひとりを大切にする」ことを体現しなければなりません。また社員には、そのことを感じてもらえるような会社を作らなくてはならないと思っています。

実現まではまだまだ遠いのですが、いつか社員が、自分の好きなことを事業に発展させていけるような会社にできればと思っています。

将来、「シリカゲルが使われなくなる日」を想像すると、その時に当社を支えている事業の柱、そしてその芽は、「人」を育てることでしか生まれませんので。

「一人ひとりと向き合う」というのは、たしかに時間がかかりますが、私としては何よりも大切だと考えています。むしろ最終的に、社長の仕事はそれだけになっても構いません。

社員のことを誰よりも考える人間、それが経営者であるべきだと思っていますので。

(文:高橋 武男 撮影:濱田 智則 編集:山本 拓宜)

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