(2014/6/6 06:00)
2013年度(2013年4月~2014年3月)は、Windows XPのサポート終了に伴う買い換え需要や、消費増税前の駆け込み需要によって、国内PC市場は、過去最高の出荷台数を記録した。だが、その一方で、一部PCメーカーは赤字に陥るなど、厳しい状況に陥っている。なぜ、こうした状況が生まれているのだろうか。
成長基調の中、PC事業の赤字に苦しむ東芝
MM総研が発表した2013年度の国内PC出荷実績は、出荷台数が前年比9.7%増の1,651万3,000台、出荷金額では21.2%増の1兆2,128億円となり、出荷台数は過去最高を記録した。
この勢いは、4月も持続しており、業界団体である一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、5月22日に発表した2014年4月の国内PC出荷統計では、前年同月比46.9%増の95万4,000台という高い成長を記録。出荷金額でも、前年同月比58.7%増の78万8,000台の実績となった。
だが、こうした好調な出荷状況の裏で、PCメーカー各社は厳しい業績の中にある。
国内PCメーカーとしては最大規模の出荷台数を誇る東芝は、同社・田中久雄社長が、「最大の課題がPC事業」と名指しする。
同社の2013年度連結業績は、PCを含むライフスタイル事業グループの売上高は前年比3%増の1兆3,138億円、営業損失は前年に比べて87億円悪化し、マイナス510億円の赤字となっている。そして、PC事業の売上高は、前年比4.1%増の7,339億円と増収になったものの、通期赤字となっている。
東芝全体の業績は右肩上がりの状況にあり、今後、数年もその軌道を描く計画の中で、PC事業だけが例外となっている。
田中社長は、2014年度には全社業績で過去最高利益を、2015年度には過去最高純利益を、そして、2016年度には、2007年度の7兆6681億円を超えて、過去最高売上高を目指すことを宣言している。
「2013年度には、原子力発電の関連子会社である米NINAの資産価値の見直しで、310億円のマイナスがあった。これがなければ、2013年度に過去最高の営業利益を達成していたことになる。これは、2014年度には営業利益で過去最高を狙う下準備が整ったとも言える」(東芝の久保誠代表執行役副社長)という状況にあることからも、最初の目標である2014年度の過去最高の営業利益達成が射程距離に入っていることがわかる。そして、田中社長は、「2013年度実績は期初計画を上回り、期中の上方修正値もクリアしたように、打ち出した数値は必達する。今回発表した見通しも必達値である」と、この数値達成に自信をみせる。
その中で最大の課題事業がPC事業ということになる。PC事業は、売り上げは増加しても、赤字のままという構造にあるといっていい。
PC事業の赤字の原因は、いくつかある。
久保副社長は、「円安の影響による部材価格の高騰、それに伴うPC価格の値上げ影響、さらにはBtoCの収益悪化が原因」と説明する。
また、田中社長も、「店舗に入れても、売れないと、その在庫を処分するための費用が発生し、これが利益を圧迫する」とBtoCビジネスでの利益悪化を指摘する。
第4四半期には、第3四半期に比べて赤字は半減したが、「PC事業は、まだ厳しい状況が続くと考えている。PC事業の構造改革はまだ十分とは言えない」と田中社長は語り、「PC事業は、もう一段、聖域なき構造改革に向けて取り組むことを考えている。固定費の削減、商品ラインナップの変更、地域におけるポートフォリオ変更を含めた断固たる構造改革を予定している」と語る。
2013年度は、TVおよびPCの事業構造改革として、対前年比100億円の固定費削減を実行。PC事業のBtoB強化に向けて、ビジネスソリューション事業部を新設するなどの取り組みを行なったが、それに続く構造改革をさらに進める考えだ。
「PC事業は、BtoB強化により確実な収益体質の転換に取り組む考えである。ばらつきの大きいBtoCでは、数や金額を追わない体制にシフトし、無理なビジネスはしないようにし、ロスを出さない体質へと変える。将来的には、半分以上をBtoBにする」と田中社長は、構造改革の方向性を示してみせた。
具体的には、自製BIOSによる強固なセキュリティの実現などにより、ビジネス用PCの機能強化とラインナップの拡充。HDD故障予兆システムなどによる企業向けソリューションの拡大、PCで培ったコンピューティング技術を生かしたIoT(Internet of Things)へのソリューション展開を掲げる。
半数以上をBtoB向けにシフトするという宣言は、これまで東芝が展開してきた映像技術を活かしたPCの投入にどう影響するかが気になるところだ。
PC事業売却後もPC事業の赤字を引きずるソニー
PC事業を売却したソニーも、2013年度はPC事業が業績悪化の要因となった。そして、それは売却してからの、2014年度以降も引きずることになる。
ソニーが発表した2013年度のPC事業の売上高は前年比6.9%減の4,182億円、営業損失は前年度の386億円の赤字から拡大し、917億円の赤字となった。
ソニーは、2014年2月6日に、日本産業パートナーズへのPC事業の譲渡を発表。5月2日に、譲渡契約が正式に完了。そして、5月28日付けで、特別目的会社のVJ株式会社の設立し、これを母体に、7月1日からは新会社として、PC専業のVAIO株式会社がスタートすることになる。
2013年度の917億円の赤字の中には、今回のPC事業収束に関わる費用として583億円を計上。さらに、2014年度連結業績においても、PC事業の赤字として、800億円を計上することを明らかにした。500億円の赤字のうち、カスタマーサービス費用などを含むPC事業の収束に伴う費用として約360億円を見込み、販売会社の固定費負担額として約270億円が含まれるという。2014年度はソニー全体として構造改革費用として1,350億円を計上するが、そのうち、約4分の1にあたる360億円がPC事業の収束に伴う費用となる。米国での直営店Sony Storeでは、VAIOシリーズの販売比率が高く、これら店舗の撤退にも費用がかかることになる。
また、この赤字体質は、2015年度以降も継続されることになる。
ソニーの吉田憲一郎CFOは、「2015年度には、PCの減収に応じて販売会社の規模縮小を進める。また、カスタマーサービス費用が引き続き残ることになる。PC事業の赤字幅は、2014年度ほどの規模にはならず、大幅に下がることになる」としたが、継続的に赤字が続くことを示した。
あるアナリストは、この状況を、「赤字事業を売却した際にこうむる大きな波の影響」と表現する。
VAIO事業は約4,000億円規模の事業となっているが、これを収束するために、2013年度と2014年度の2年だけで、1,710億円規模の赤字を計上することになる、というわけだ。その後の継続的な赤字を含めると2,000億円規模になるとの見方もできる。
直接対比する事業ではないが、パナソニックは、2014年3月に、ヘルスケア事業を米投資会社のKKRに売却した。成長分野の黒字事業の売却に「見境のない切り売り」とさえ表現されたが、ここでは1,650億円の売却益を得ることに成功した。パナソニックの津賀一宏社長は、「成長のための多くの資金投入や、専門的な見識、顧客との深い結びつきが必要なこの事業において、自前でやるには限界があり、コア事業として大きく投資していくことはできないと判断した。ヘルスケア業界そのものは有望だが、パナソニックが事業を伸ばしていけるかどうかは別の話であり、より伸ばしていただける方と一緒にやることが、関わっている社員にとっても、技術や事業にとってもプラスに働くと判断した」と、黒字事業の売却理由を語る。
競争力を持つ時点で売却する方が、経営的にプラスになるという判断もあっただろう。PC業界でもIBMのPC事業売却、NECのPC事業売却などが、その成功例にあたる。多くのアナリストが、ソニーのPC事業売却は遅すぎると指摘する理由は、4,000億円の事業収束のために、その半分となる2,000億円近い赤字を計上せざるを得ないという点からも的を射たものだといっていいだろう。
ソニーのPC事業の赤字の要因はいくつかあるが、中でも過剰な人員体制は大きな理由の1つだ。
今や4,000億円規模の事業規模にまで縮小しているソニーのPC事業には1,100人もの社員が関与しており、さらにこれにグローバルでの販売人員が加わる。新会社では200人規模にまで体制を縮小させ、事業規模も大幅に縮小することになる。この軽い体制で収益性を確保できるかどうかが、経営面から見た新会社の最初の評価ポイントになる。
滑り込みで黒字化した富士通のPC事業
富士通が2013年度連結業績で明らかにしたPCの出荷台数は、前年度実績の583万台を上回る590万台。10月時点で15万台の上方修正を行なったのに続き、1月にも20万台の上方修正を行ない、年間570万台の出荷を見込んだものの、その修正計画も20万台上回る実績となった。そして、PC事業は約100億円の黒字になったという。
第4四半期の旺盛な需要に対して、国内生産の強みを活かした柔軟な供給体制が出荷台数の増加、黒字化に繋がったといっていい。
国内向けPCでは円安の中での部材調達コストの上昇に加えて、海外向けPCではドイツに生産拠点を持つ同社では、ユーロ安の進展によるドル建て部材調達コストの上昇などがあったが、これも上昇分を製品価格に転嫁したため、結果として販売単価の上昇にも繋がっているという。
数字上では極めて順調なものとなっているが、その中身を見ると、手放しで評価できる内容とは言えない。
富士通のPC事業は第3四半期までは赤字となっており、第4四半期(2014年1月~3月)に一気に黒字化した。これは国内におけるWindows XPサポート終了の影響、消費増税前の駆け込み需要の影響が大きく作用したのが原因だ。
「PCは第4四半期に国内法人向けPC需要が旺盛だった。その結果、国内PC事業は前年比3割増になった」と、富士通の塚野英博執行役員常務は語る。
しかし、構造改革の半ばにある海外PCは伸びておらず、国内個人向けPCも縮小傾向にあるのが実態だ。
その点では、2012年度から実施してきた構造改革の成果が、ぎりぎり間に合ったという表現が正しいかもしれない。
富士通の山本正已社長は、「PCは、2012年度から構造改革を行ない、かなりスリム化している。それが2013年度のWindows XP効果により利益体質になった」と指摘する。
富士通では、PC事業のBtoBシフトを鮮明にする一方、2013年度には、春モデルでは新製品のラインナップ一新を見送ったり、カラーバリエーションを大幅に削減するといった製品の絞り込みを実施。また、PC事業および携帯電話事業の人員を、タブレットや次世代フロントエンド機器、自動車向けICT領域、あるいは部門をまたいだテクノロジーソリューションのイノベーション領域に1,000人規模でシフトさせ、身軽な体制とした点も見逃せない。全社1,100人のリソースシフトのほとんどが、PC事業および携帯電話事業だったという計算になる。
だが、2014年度以降も、厳しい状況であることには変わりはない。
2014年度のPCの出荷計画は、510万台としており、前年割れの計画だ。
510万台の計画は、Windows XPサポート終了による需要の反動と、アジア地域での市場を下回る成長見通しとしていること、また、さらなる付加価値型モデルへの移行を想定していることが背景にある。
「PC事業は安くて損をするのでなく、台数は絞ってでも付加価値を追求する方向であり、収益を減らすことは考えていない。黒字化は継続する」と、塚野執行役員常務はコメント。山本社長も、「2013年度に黒字化体質となったPC事業は、出荷台数を減らしても黒字を維持できるかが課題」とする。
構造改革の真価は、2014年度に試されるといっていいだろう。
PC事業の売却はあるのか?
ソニーの平井社長は、売却したVAIO事業について、「VAIO事業は大変重要な事業であり、大切なブランドであった。しかし、ここ2年間の大幅な赤字と市場変化を踏まえ、大変厳しい判断であったがPC事業を収束することを決断した」と、PC事業売却の理由を語る。
そして、「日本を中心とした一部事業については、VAIO株式会社に事業を譲渡する。新会社において、VAIOによるPC事業が再生し、VAIOをご愛顧いただいている方の期待に応えてくれることを心から祈っている。また、我々としてもこれまで商品を購入したいただいた方々のアフターサポートを継続し、事業移行がスムーズに進むようにサポートしていきたい」と語る。
では、東芝、富士通は、今後のPC事業の継続については、どう考えているのだろうか。
東芝の田中久雄社長は、「PC事業は厳しい事業である」と前置きしながらも、「撤退は簡単だが、黒字である限りやめる必要はない。PCで培ったさまざまな技術が、他の事業グループの商品に活用できる価値は大変大きい。赤字事業であれば継続する意味はないが、PC事業は必ず、2014年度に黒字化させる。PCのさまざまな技術が、東芝グループの中の製品、サービスに有効な技術となるように、事業を継続していきたい」と語る。
有言実行型の田中社長が、PC事業継続に向けて強い意志を持っていることが分かる。
一方、富士通の山本正已社長は、「PCは、ユビキタスフロントを支えるデバイスとして重要なものと位置づけている。富士通にとって、重要な製品である」として、東芝同様にPC事業の継続に意欲を見せる。
だが、5月29日に発表した2016年度の中期経営計画では、テクノロジーソリューション、ユビキタスソリューション、デバイスソリューションという3つの事業領域のうち、テクノロジーソリューションだけが、2016年度の売上高目標を公表。PCおよび携帯電話を含むユビキタスソリューションと、パナソニックなどと設立するシステムLSIの統合新会社の行方が左右するデバイスソリューションは、2016年度の計画が公表されず、現状の横ばいという指標が示されただけだった。
その理由を山本社長は「ユビキタスソリューションおよびデバイスソリューションにおいて、まだコミットできない部分がある。そのため、2016年度の売上高は公表しない」と説明した。
デバイスソリューションは2014年度第1四半期にシステムLSI新会社の最終契約提携予定であり、それをもって2016年度の計画が明確になりそうだ。しかし、そうした要素がないユビキタスソリューションの中期計画が明確にならない点は不可解と言わざるを得ない。事業売却も感じさせるものと言える。
中経経営計画の会見で、PC事業および携帯電話事業売却の可能性を、山本社長に直撃してみた。
山本社長は、「そこまでは考えていない」と前置きしながら、「一番読めないのは、携帯電話。伸びていく市場だろうが、これが富士通にとってプラスになるのかどうかを読むのが時期尚早であると判断した」とする。そして、「PCの国内生産拠点である島根富士通での日本におけるモノづくりはしっかりとやっていく。次代のユビキタスフロントであるIoTも、島根富士通で取り組んでいく」との考えを示し、改めてPC事業の継続を強調してみせた。
東芝、富士通は、社長自らが、PC事業を継続することを改めて強調したというわけだが、その一方でこんな指摘もある。
先ごろ、来日したレノボのジャンフランコ・ランチCOOは、「PC市場におけるプレイヤーの数はまだまだ多い。あと2、3ブランドの撤退、淘汰が進むのではないかなと思っている」とする。
ランチ氏は、台湾AcerのCEOも務めた人物であり、PC市場に精通している。
「いくつかのPCメーカーは、規模が小さすぎたり、あるいは利益が出ていなかったりといったように、何らかの財務的な問題を抱えている。サムスンやソニーがPC事業の改革に取り組んだのもそうしたことが背景にある」とする。
米IDCの調査によると、2018年度まで、全世界のPC市場は減少を続けると予測している。そうした中で淘汰が進むというのは当然の見方だろう。
日本のPCメーカーが生き残る道の模索は、当面続くことになりそうだ。