ITmedia ビジネスオンライン
土肥義則,[ITmedia]23 時間前
ワイン市場が拡大している
ビールや日本酒などの消費量が減少している中、ワイン市場が伸びていることをご存じだろうか。赤ワインに含まれているポリフェノールが健康維持に役立つことが注目され、1997年後半から赤ワインブームが起こり、日本のワイン市場は1998年に爆発的に拡大。ただ、その後はジリジリと縮小し、2003〜2008年は低迷していたが、リーマンショック後に再び反転。2013年、2014年は2年連続で過去最高を更新しているのだ。
「ほー、それはスゴい、スゴい。カンパーイ!」とワイングラスを掲げたいところだが、市場規模の内訳を見ると、簡単には喜べない。2014年の数字によると、輸入ワイン7割に対して、国産ワインは3割にとどまっているのだ。「やっぱり、ワインは欧米が強いのか」と思われたかもしれないが、残念な話はまだ終わらない。実は「日本ワイン」に限定すれば、2%ほどにすぎないのだ。
ここで「ん? 国産のワインって日本のワインのことだよね。どういう意味?」と感じられたかもしれないので、ネーミングのカラクリについて簡単にご紹介しよう。日本でつくられたブドウを使わず、輸入ブドウを使って国内で製造したモノを「国産ワイン」と呼んでいるのだ。法律で「原料は日本でつくられたブドウでないといけませんよ」といった規定がないので、スーパーやコンビニなどで“国産ワイン”が販売されているというわけ。
でも、これでは分かりにくい。“シロ”か“アカ”か……いや、シロかクロかハッキリさせよう、と言ったかどうかは分からないが、数年前から各社は「日本でつくられたブドウを使って、できたモノを『日本ワイン』と呼ぼう」という動きが広がっているのだ。とはいえ、市場に占める割合は2%ほど。まだまだ“純日本産”の普及は難しいのかと思いきや、実は国内外から注目が集まっている。国際コンクールで数々の賞を受賞していることもあって、市場は右肩上がり。キリンホールディングスによると、2014年は前年比5%増の95万ケース(1ケースは750ミリリットルの瓶×12本)、2015年は100万ケースに拡大すると見込んでいる。
日本産ワインが売れている背景を調べていくと、さまざまな取り組みが進んでいることが明らかに。例えば、メルシャン。自社で管理するブドウ畑は現在22.5ヘクタールだが、今年中に7ヘクタールを追加、2027年には60ヘクタールに拡大する予定だ。ただ単に広げるだけでなく、現地では簡単には真似できない動きが始まっていたのだ。具体的にどんなことを行っているのかを、同社・商品開発研究所の生駒元さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンライン編集部の土肥義則。
(出典:メルシャン)
ワインに適したブドウを育成
土肥: ワイン市場が拡大している中で、メルシャンは日本ワインにチカラを入れていますよね。例えば、自社管理の畑を拡大されている。商品開発研究所で働く生駒さんは現地の畑に足繁く通っているそうですが、そこでどんなことをされているのでしょうか?
生駒: いろいろなことをしているのですが、研究員は現地に足を運んで、どういった作業をすればワインに適したブドウを育成できるのか、といったことを検証しています。例えば、ブドウの実の周りに付いている葉っぱを取り除くと、「ブドウの糖度が上がっておいしいワインができる」と言われています。葉っぱを取り除く作業はいつごろがいいのか、どのくらいしたらいいのか、といったことを検証しています。
このほかにも、さまざまな検証を繰り返しながら、日本での最適な栽培方法を見つける、といった作業を行っています。
土肥: ブドウの栽培方法を検証されているということですが、ワインづくりの歴史って長いですよね。「このようにやればおいしいワインができる」といったマニュアルがあると思うのですが、にもかかわらず今でも試行錯誤しながらブドウ栽培を手掛けているのですか?
生駒: 日本でワインづくりを始めてから140年ほど経ちますが、“品質のいいモノをつくろう”という動きがスタートしたのは、30年ほど前からなんですよ。ワインづくりの技術は欧米のほうが進んでいて、「このようにやればおいしいワインができる」といった方法があります。しかし、欧米と日本では風土がかなり違うので、そのまま取り入れてもなかなかうまくいきません。私たちは日本の気候に合わせて、土壌に合わせて、栽培管理の方法をつくっていかなければいけません。そのノウハウは積み重ねていくしかないんですよね。
土肥: おいしいワインをつくろうと本腰を入れたのは30年ほど前から、ということですが、具体的にどんなことに取り組んだのでしょうか?
おいしいワインをつくるために、メルシャンはどんなことをしているのか?
欧州で主流の「垣根式栽培」を導入
生駒: かつては「棚式栽培」という方法が、日本では主流でした。生食用では一般的な方法で、棚を仕立ててブドウのつるを這(は)わせる。1本の木からたくさんのブドウができて、実が大きくなるとみずみずしくておいしいモノができるんですよ。でも、このブドウをワインの原料を使ったらどうなるのか。凝縮感に欠けてしまうんですよね。
そこで、欧州で主流の「垣根式栽培」を導入しました。地面から枝が垂直に立っていて、1本の木から収穫されるブドウの数が少ない。制限してつくることで、ブドウの凝縮感を味わうことができ、おいしいワインができます。
メルシャンが管理しているブドウ畑。欧米で主流の「垣根式栽培」で育成している(場所:山梨県甲州市勝沼町)
凝縮感のある味を出すためにブドウの数は制限している
土肥: なぜ、日本では棚式栽培が採用されていたのでしょうか?
生駒: 気候が関係しているんですよね。日本は雨量が多くて高温多湿なので、地面が湿っているとブドウが病害にかかりやすい。そうしたリスクを避けるために、地面からできるだけブドウを離す棚式栽培が採用されました。
土肥: えっ? でも、垣根式栽培のほうが地面に近いですよね。
生駒: 確かに地面との距離は近いですが、葉っぱを少なくすることで風通しをよくする。そうすると、湿気が少なくなってブドウが病害にかかりにくくなるんですよ。
土肥: 手間暇かかりますねえ。
生駒: このほかにも、芽が出たときに芽の数を調整したり、ブドウができたときに房を落としたりしなければいけません。
土肥: 以前は棚式栽培だったのに、欧米では主流の垣根式栽培を導入された。というわけで日本のワインもおいしくなった――。そんな簡単な話ではない?
生駒: ないです、ないです(苦笑)。
土肥: どんな苦労があったのでしょうか?
いいブドウをつくるのに、手間暇と我慢が必要
生駒: 日本の場合、出荷シーズンに台風がやって来ることが多いので、台風が来る前に収穫する農家さんがいらっしゃいました。でも、ブドウが熟していない状態で収穫しても、おいしいワインはできません。また、農家さんは大根をつくっていたり、イモをつくっていたり、お米をつくっていたりしているので、ブドウだけに集中することが難しいんです。10月に入ったらお米を収穫しなければいけないので、「ブドウは9月までに全部取ろう」といった具合でした。
土肥: でも農家さんの言い分も理解できますよね。ブドウ専業であればいいですが、兼業でやっている人からは「メルシャンさん、そんなムチャを言わんといてください」といった声が聞こえてきそう。
生駒: いいブドウをつくるのには、手間暇と我慢が必要なんです。必要なタイミングで必要な作業をしなければいけません。そして、できる限り健全な状態で、ブドウを熟さなければいけません。そのケアがものすごく重要。少しでも病害にかかってしまうと、すぐに広がってしまう。なので、病害にかからないように、定期的にパトロールをしなければいけません。
長野県に北信地区というところがあって、そこで栽培しているブドウは以前、まとめてどーんと仕込んでいましたが、現在は畑ごとに仕込みをするようにしました。なぜそのような手間をかけるかというと、それぞれの畑の標高が違っていたり、場所が違っていたり、風向きが違っていたりするので、ちょっとずつブドウの“適熟期”が違ってくるんですよ。ブドウはちょっとずつ熟していって、ピークを越えてしまうと味が落ちていく。それぞれの畑でピークは違うので、一番いいタイミングで収穫しなければいけません。なので、畑ごとに仕込みをするようになりました。
土肥: ピークの期間ってどのくらいですか?
生駒: 2日くらいですね。
土肥: み、短い。世の中は3連休なので、畑仕事はお休み……というわけにはいきませんね。
生駒: ダメ、ダメ。人の都合に合わせていてはダメですね。ブドウの都合に合わせなければいけません。「この日に収穫する」と決めたら、みんなで協力するんですよね。「今日は○○さんの畑で収穫するので、みなさん手伝ってくださいね」といった感じで。
3重苦、4重苦が解消された
バラはブドウよりも早く病害にかかりやすい。バラが病害にかかっていないかチェックすることで、ブドウの病害をいち早く察知し予防できる
土肥: 「ブドウが熟してきたなあ、明日収穫しなければいけない」ってどのように判断されるのでしょうか?
生駒: まず、機械を使って分析します。例えば、柑橘系の香りを機械で分析すると、「3MH」という物質がどのくらい含まれているのかが分かるんですよ。「このように仕込みをしたら、3MHはこのくらいある」「あのように仕込みをしたら、3MHはこのくらいある」といったことが分かるようになりました。このほかにも、20〜30項目ほどの物質を分析して、ブドウの適熟期を見極めています。
ちなみに、この機械を導入したのは2004年でして、以前「甲州のワインは、3重苦、4重苦」って言われていたんですよ。
土肥: どういう意味でしょうか?
生駒: 香りがない、酸がない、渋い、薄い――といった具合に。
土肥: 全くいいところがないじゃないですか。
生駒: ですね。そのように言われてきましたが、機械を導入したことで、3重苦、4重苦が解消されました。もちろん、機械だけに頼っているわけではありません。最終的な判断は人間の舌。実際に食べてみて、味を感じて、フレーバーを確かめて、それで「いける!」と判断したら収穫するといった流れですね。
土肥: 機械で分析して、人間の舌を使って「いける!」と思って収穫しても、「あれ、これイマイチだなあ」ということもあるのですか?
生駒: 残念ながら……あります。ただ、そこで「どんまい、どんまい。また来年」で終わってはいけません。収穫したときのブドウの感覚とできたワインの結びつきを覚えておかなければいけません。「収穫のタイミングが早かったから、味が薄くなったのか」「収穫のタイミングが遅かったから、味が渋くなったのか」とトライアンドエラーを繰り返しながら、最適なタイミングを見つけ出さなければいけません。
ブドウの仕分け作業を行っている
農家同士の競争が生まれてきた
土肥: 農家さんからすれば、自分の畑でつくったブドウがどういったワインになるのか、興味があると思うんですよね。そういう意味では、仕込み作業を畑ごとにするのはいいことでは?
生駒: そうなんですよ。以前のように、まとめてどーんと仕込んでいたら、自分の畑でつくったぶどうがどのようなワインになったのか分かりません。なので、畑ごとに仕込みをして、農家さんにもテイスティングをしていただく。「自分がつくったブドウからこんな味のワインになったのか。来年はもっとおいしいワインをつくるようにがんばるぞ」と思っていただければ、うれしいですね。
土肥: 畑ごとに仕込むことで、農家同士の競争意識が生まれてきませんか?
生駒: 生まれてきていますね。先ほども申し上げましたが、テイスティングをしているので、「隣の○○さんの畑からできたワインはおいしいな。どのようにしてブドウを栽培しているんだろう?」と分析することができます。
土肥: いいブドウをつくられる農家さんに、何か共通点のようなものってありますか。
生駒: よく研究されていますし、勉強熱心ですね。
土肥: 生駒さんの話をここまで聞いていて、農家さんと一緒に“成長”することが大切といった印象を受けました。
生駒: いいワインをつくるためには、やっぱりブドウが大事なんです。「ワインの味の8割はブドウで決まる」とも言われていますから。こうしたことを理解してもらって、ご協力していただく。そのためにはどうしたらいいのか? 農家さんとの「コミュニケーション」が大切になってくるんです。
土肥: メルシャンは東京に会社があって、担当者はサラリーマンという立場。一方の農家は地方で畑を管理していて、収入は収穫の出来次第。表現が合っているかどうか分かりませんが、“住む世界が違う”両者がコミュニケーションをとるのは大変なのでは?
生駒: おっしゃる通り大変ですが、コミュニケーションは絶対に欠かせません。農家さんの気持ちを少しでも理解できるように、ある担当者はブドウ栽培をしているんですよね。自分の畑で新たな挑戦をして、うまくいったら、みなさんに「この方法はどうでしょう?」と提案しています。また、ある担当者はまるで家族のように農家さんと接しています。
出荷されたブドウ
たくさんのワインが熟成されている
ワインの品質は、コミュニケーションが8割
その年に完成したワインを産地、品種、樽ごとに抜き出す。出来映えをテイスティングしながら、投票や意見交換を行い、ブレンドの組み合わせなどを検討する
土肥: コミュニケーションといったら、「こうこうこうしたら相手の心をつかむことができる」といったことが書かれている本がありますが、そんなレベルではない。農家さんの懐に入るというのではなく、もう農家そのものというか……“仲間”のようですね。
生駒: でなければ、一緒に成長することは難しいと思います。
土肥: メルシャンでワインづくりを研究している人は、定年退職されてもブドウ栽培で飯が食っていけそうですね。老後は安泰、安泰(笑)。
生駒: ははは。
土肥: 最後に、今後の話を聞かせていただけますか。
生駒: おいしいワインをつくろうとして、以前は「醸造方法」の改良を試みました。そして、今は「ブドウの栽培方法」。ブドウは地面で育っているので、今後は「土」にチカラを入れていくべきなのかも。小手先ではなく、腰を押しつけて踏み込んでいかなければいけない領域に入ろうとしているのかもしれません。
土肥: ますます農家さんとのコミュニケーションが欠かせませんね。先ほど「ワインの味の8割はブドウで決まる」と話されていましたが、「ワインの味の8割はコミュニケーションで決まる」とも言えるのでは?
生駒: ですね。
(終わり)
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