脱・滅私奉公
2016/4/2
各界にパラダイムシフトを起こしてきたイノベーターたちは、どのような人生を送ってきたのか? 経営共創基盤CEO・冨山和彦氏は、企業再生のプロフェッショナルとしてカネボウ、日本航空(JAL)の再建に尽力した。今年6月にはパナソニックの取締役に就任する。「会社はしょせんフィクション。人間が幸せになるための道具の一つにすぎない」と説く背景に浮き沈みの激しい半生があった。東大法学部在学中に司法試験に合格。ボストン コンサルティング グループに入社するも社内抗争に巻き込まれ、コーポレイトディレクションに移籍。半ば口減らしのように大阪へ赴任し、初めてビジネスの現場を知る。それは本当のプロになるために必要な試練であった。全18話を毎日連続で公開。
サラリーマン社会はくだらない
サラリーマン社会がいかにくだらないかということを、子どもの頃から父に滔々(とうとう)と聞かせられて育ちました。
組織の中で、無能な人間が上司にどのようにこびへつらい、取り入り、いかにして偉くなるか。社長人事のニュースを見ながら、具体的に話すんです。
「国家だってアテにならないのに、会社なんてものが信じられるか」
と、父は滅私奉公的な考え方を否定していました──。
寄りかかるな、ぶら下がるな
そこそこの大学に入り、そこそこの会社に勤めて、そのまま定年退職まで安泰で過ごすなんていう選択肢は、どの先進国でもどんどん狭まってきています。
だから、息子たちにはこう言っています。
「新卒で入った会社で定年まで勤め上げられるなんて思うなよ。その確率は極めて低いからな」──。
会社はフィクションだ
数多くの事業再生案件に携わってきて改めて思うのは、日本人は「カイシャ」という実体のないものに寄りかかりすぎだ、ということです。
我々の手法に関して「伝統企業の切り売りだ」という批判は絶えませんが、「会社」あるいは「事業」を売ることが、そんなに悪いことなのでしょうか?
それで幸福になる人のほうが多かったら、それでいいのではありませんか?
会社なんていうものは、そもそもが法律によって人工的につくった「法」人、すなわちフィクションです──。
BCGで社内抗争に巻き込まれる
ボストン コンサルティング グループ(BCG)の内定をもらってから、司法試験に合格しました。しかし、さすがに勉強にも法律にも飽きていました。
会社はくだらないけれど、ビジネスはおもしろそうという感覚はあった。
そんな自分がBCGで社内抗争に巻き込まれるなんて、その時は夢にも思っていませんでした──。
知的格闘を繰り返す
「商売のリアリズムが欠落している」
クライアントからは、徹底的に実務経験の乏しさを突かれました。
どうすれば、あの意見に反論することができるのだろうか?
このロジックには、何が足りないのか?
補強のためのデータや事例などの材料をかき集め、理論武装することを覚えました。それでも、先輩たちには叩かれ続けました。
知的格闘を繰り返す日々を通じて、ビジネスに必要な思考力も培われていきました──。
日米エリートコースを外れてCDIへ
すでに平均的な日本人が思い描く「エリートコース」からは外れていました。そればかりか、今度はアメリカ的な「エリートコース」からも外れる羽目になってしまった。
もともとリスクを気にかけない性格でしたし、父の経験を散々聞かされて育ちましたから、どんな局面に遭遇しても「なんとかなるさ」とは思っていました。
1986年、私は吉越亘さん率いる「コーポレート・ディレクション(CDI)」に移籍しました──。
勉強なんかしてる場合じゃない
スタンフォードのビジネススクールに留学してみたら、「MBAも案外、たいしたことないな」というのが、率直な感想でした。
だからこうも思いました。
こりゃ勉強なんかしてる場合じゃないぞ──。
「負けた」経験がないと勝てない
この連中とガチンコで勝負しても絶対に勝てないと、はっきり認識しました。
負けることにはネガティブなイメージがつきものですが、これは大事なことなんです。
人間は「負けた」経験がないと、本当の意味で「勝つ」こともできない。
絶対にかなわない連中がいることを知り、自分がどこで戦えばいいのか、が明確になりました──。
リストラしようにもカネがない
バブル崩壊を境目に、あれほど伸びていた受注が前年度の半分程度にまで落ち込み、あれよという間に資金繰りが悪化。経営陣は、必死で対応策を練らなくてはならなくなりました。
リストラをするにも、退職金の支払いなどカネがいります。現金がなければ、リストラさえできない。カネがあったとしても、苦楽を共にしたメンバーのクビを切らなくてはならないのは、辛いことでした──。
口減らしのため大阪に赴任
半ば口減らしにもなるだろうという判断から、私はその仕事を引き受けることにしました──。
アメリカに留学し、MBAを取って戻った同世代の多くは、それまでより何倍もの高い報酬を得て、次々と転職していきます。一方の自分はといえば、給与は大幅にカットされ、しかも、東京から大阪への都落ち。
待っていたのは、いかにも土着的で浪花節、しかも社内政治も渦巻く「ザ・サラリーマン社会」との格闘でした──。
「日本的経営」の哀しい現実
私は呆れ、怒りに震えてもいました。
大阪の出向先で見たものは、あれほど世界が礼賛した「日本的経営」がいかに人間をダメにしているか、という哀しい現実だったからです──。
ビジネスの現場で叩かれる
私は理屈で人を動かせると思っていました。しかし、組織は微塵も動きません。
「あなたは現場のことをちっともわかっていない」
「現場を知らない人間に何を言っても無駄だ」
吐き捨てられるように嫌味を言われても、反論できませんでした。
現場で叩かれ、揉まれることで、事業会社のリアリティを体に叩き込んでいきました──。
偉かったのは現場の方じゃねーか
やっとの思いで仕事にありついた彼らは、そもそも食べていくのに必死。いちいち指示しなくても、自分で考え、創意工夫しながら、仕事をこなしていました。
この時ほど強く感じたことはありません。
なにがニッポンのサラリーマンだ、そんなものはクソ食らえだ! 偉かったのは現場の方じゃねーか──。
「プロフェッショナル」の自信
大阪で2年半、広島で1年半、さらには仙台、札幌、最後は東京に戻り、のべ6年間を、私は出向先で過ごしました。
東京へ戻る頃には、CDIの経営状況も上向いていました。と同時に、自分もまた、以前より自由になっているのを感じました。
これでようやく「プロフェッショナルだ」と胸を張れる。
そんな風に思っていた矢先、巨大な「再生」案件が、私たちの元に持ち込まれました──。
再び人生の岐路に立つ
巷ではその頃、不良債権の処理が大きな社会的問題にもなっていました。
私の元に運命の電話がかかってきました。
「新しく立ち上げる予定の産業再生機構についてご相談したく……」
社長に就任したばかりの私は、再び人生の岐路に立たされます──。
産業再生機構COOに就任
誰がどう考えても、リスクの高い仕事。おまけに給料は何分の1に激減です。
それでも「我々と一緒にやりましょう」と熱心に口説く若手官僚の熱意には、心が動きました。
半ば断るつもりで、私はこんな返事をしました──。
2003年春、考えられる限りの準備と防御を固めた上で、私は産業再生機構のCOOに就任しました。
最後の最後に背中を押してくれたのは、父でした──。
企業再生は「戦時」
企業再生は「平時」ではなく、「戦時」です。
そのようなリスクが極めて高い状況下で自分自身の身を守る方法は、2つしかありません──。
産業再生機構の人員は最盛期で約200人。そのバックグラウンドは金融、コンサルタント、会計士、投資ファンド、労働組合、官僚など様々です。出身母体が違えば、書類のつくり方からして違います。
そうした文化や慣習、考え方の違いによる軋轢は日常茶飯事でした。
寄せ集めのチームを回すコツは──。
ハゲタカの搾取を防御
不振企業のまわりには外資のハゲタカ連中も寄ってきます。この類いにやられないためには、連中の手口をよくわかっているプロが中心にいなければなりません。
一部から「産業再生機構は官製ハゲタカファンドだ」と悪口を言われましたが、こうしたプロ人材がいたからこそ、ハゲタカに搾取されるようなことは起きませんでした。
最近のシャープで起きているようなお粗末なディールハンドリングは避けられたのです──。
カネボウにみる日本企業の「病巣」
産業再生機構にとって、投融資額ベースで最大の案件はカネボウでした。そして、ほんの少し舵取りを間違えば、再生どころかトドメを刺してしまいかねない難しい案件もカネボウです。
初期のデューデリジェンス(DD)の過程で重大な問題も発覚しました。長年にわたる粉飾決算が明らかになったのです。
それは日本企業に巣食った「病巣」の深さを物語るものでした──。
「ムラ社会」の善意が招く罪
カネボウも東芝も、トップに「自分だけ儲けてやろう」などの私利私欲があったわけではなく、むしろ会社というムラ社会の空気をトップも現場もそれぞれに忖度(そんたく)し、会社のためにやったと思うからこそ、誰も止められなかった。
しかし、それはあくまで半径5メートル以内で通用する善意にすぎません。社会全体、あるいはグローバルな世界から見たらまったく通用しない「ムラ」の論理なわけです。
日本人は、この狭い世界だけで通用する善意や同調圧力に弱い──。
大言壮語する人間は信用できない
「オレは将来、社長になる」「オレが社長だったら、こうする」などと大言壮語する人間は信用できません。
内に思いを秘めながら、やるべきことをコツコツ積み上げてきた人のほうが、よほど信用できます──。
仲間と経営共創基盤を設立
産業再生機構は会社が存続した4年間で、カネボウをはじめ、ダイエー、三井鉱山、ミサワホーム、大京を含む41企業の再生を手がけました。
解散後、仲間とともに経営共創基盤(IGPI)を立ち上げ、そのCEOに就任しました──。
JAL再生のシナリオを描く
IGPI設立後に取り組んだ大型案件が日本航空(JAL)の再建です。
「ハゲタカがJALを食い物にしている」
「冨山は自分がJALのCEOになりたくて、いたずらに経営危機を煽っている」
そんな批判がマスコミを賑わせる中、私はどのタイミングで企業再生支援機構にバトンタッチできるかを探っていました。
頭のいい日航マンを屈服させるには、より頭のいい人間をたくさん連れてきていちいち議論で負けないようにするか、逆に、彼らが想像もつかないようなカリスマを連れてくるかしかありません。
京セラの創業者・稲盛和夫さんは、そのカリスマイメージにぴったりでした──。
地方には「希望」がある
再生案件で多かったのはむしろ、地方のバス会社や旅館など、ローカルなビジネスのほうでした。
実際に経営に携わってみると、そこには大企業とはまた違った意味での、豊かな世界が広がっているのを感じます。
日本を再生させる鍵は、実はこのローカル経済の再生にこそある──。
パナソニック取締役に就任
先ごろ、私が6月24日付でパナソニックの取締役に就任することが発表されました。
現在は、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ、AI(人工知能)革命といった、デジタル革命第3の波がより広く全世界、全産業を覆おうとしているところ。グローバル製造業の宿命として、この大きな波に押し流されず、逆にそれをうまくつかんで成長の原動力にしなければなりません。
しかしこういう破壊的イノベーションの波は、従来の延長線での改善的な努力だけでつかむことはできないでしょう──。
連載「イノベーターズ・ライフ」をお楽しみに。本日、第1話を公開します(有料)。
【第1話】カナダ移民の祖父、商社マンの父、浮き沈みの激しい人生の始まり
*目次
【第1話】カナダ移民の祖父、商社マンの父、浮き沈みの激しい人生の始まり
【第2話】国家だってアテにならないのに、会社なんてものが信じられるか
【第3話】東大文Ⅰに入るも、勉強しすぎで司法試験に2度失敗
【第4話】BCGで社内抗争に巻き込まれ、エリートコースから外れる
【第5話】留学してわかった、案外たいしたことないスタンフォードMBA
【第6話】大阪へ都落ち、あれほど嫌だった「サラリーマン社会」に行き着く
【第7話】世界が礼賛した「日本的経営」が、いかに人間をダメにしているか
【第8話】現場が一番偉かった。「タバコ部屋」で人間の情理を学ぶ
【第9話】「企業再生のプロ」第一歩から巨大案件に挑む
【第10話】泥沼に足を踏み入れる覚悟で、産業再生機構COOに就任
【第11話】人間はインセンティブの奴隷である
【第12話】カネボウの粉飾は、日本企業に巣食う「病巣」の深さを物語る
【第13話】組織は「人事=キャスティング」が8割
【第14話】サラリーマンの「ムラ社会」に病理あり。経営共創基盤を設立
【第15話】JAL再生タスクフォースの一員になる
【第16話】今だから語れる「JAL再生のシナリオ」のすべて
【第17話】「倒産は悪」ではなく、「倒産を止めること」こそ悪だ
【最終話】「カイシャ」に寄りかかるな、自分自身の足で立て
【第1話】カナダ移民の祖父、商社マンの父、浮き沈みの激しい人生の始まり
【第2話】国家だってアテにならないのに、会社なんてものが信じられるか
【第3話】東大文Ⅰに入るも、勉強しすぎで司法試験に2度失敗
【第4話】BCGで社内抗争に巻き込まれ、エリートコースから外れる
【第5話】留学してわかった、案外たいしたことないスタンフォードMBA
【第6話】大阪へ都落ち、あれほど嫌だった「サラリーマン社会」に行き着く
【第7話】世界が礼賛した「日本的経営」が、いかに人間をダメにしているか
【第8話】現場が一番偉かった。「タバコ部屋」で人間の情理を学ぶ
【第9話】「企業再生のプロ」第一歩から巨大案件に挑む
【第10話】泥沼に足を踏み入れる覚悟で、産業再生機構COOに就任
【第11話】人間はインセンティブの奴隷である
【第12話】カネボウの粉飾は、日本企業に巣食う「病巣」の深さを物語る
【第13話】組織は「人事=キャスティング」が8割
【第14話】サラリーマンの「ムラ社会」に病理あり。経営共創基盤を設立
【第15話】JAL再生タスクフォースの一員になる
【第16話】今だから語れる「JAL再生のシナリオ」のすべて
【第17話】「倒産は悪」ではなく、「倒産を止めること」こそ悪だ
【最終話】「カイシャ」に寄りかかるな、自分自身の足で立て
(予告編構成:上田真緒、本編聞き手・構成:曲沼美恵、撮影:竹井俊晴)
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