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フリーランスライター/編集者
福島朋子「船のように水に浮かぶ」画期的な水害対策住宅。誰もが検討できるコストも重視
災害大国と呼ばれる日本だが、もはや未曾有と呼ばれる大規模災害が毎年引き起こされている。特に水害に関しては、昨年7月には球磨川や筑後川、飛騨川などの大河川が氾濫した「令和2年7月豪雨」。その前年、2019年には、台風15号、台風19号、そして低気圧により引き起こされた千葉、福島の浸水害が発生した。それ以前もここ数年は、梅雨前線と秋の台風シーズンには、どこかで大規模水害が起きているような状況だ。
実際、河川が約2万本もある日本では、この10年で水害・土砂災害が発生した市区町村は全国の約97%にものぼるという(出典:国土交通省 「河川事業概要2020」)。都市部であっても水害の被害は免れず、都内ではタワーマンションが機能停止に陥る事例まで出た。
それだけ今の日本において深刻な課題となる水害対策。その画期的な解決策として「耐水害住宅」を打ち出したのが一条工務店だ。
2019年に発表した、水深が約1メートルに達するような水害からも家を守る「スタンダードタイプ」。そして2020年には、それ以上の水深の水害でも船のように家を浮かせて守る「浮上タイプ」の2つのパターンを提示した。しかも驚きなのは、コスト感にもこだわり通常の新築コストにわずかなオプション費用で耐水害住宅を実現したことだ。30坪程度であればスタンダードタイプはプラス約40万円、また浮上タイプでも約70万円のオプション費用で実現する。その画期的な取組みはNHKのニュースや民放の「ガイアの夜明け」をはじめ各局のメディアでも多数紹介された。
「我々が取り組んだのは『命を守る』という観点からです。当社が先陣を切ることで業界全体から競争相手がどんどんと出てきて、こういった家が普及してほしい」と開発の総責任者である一条工務店の萩原浩氏は語る。
開発秘話も踏まえ、水害対策住宅である「耐水害住宅」の仕組みを聞いた。
「家は命を守るもの」。「耐水害住宅」は、いくつもの挫折とブレークスルーが繰り返された
今から6年前、2015年9月のことだった。9月7日に発生した台風18号から変わった温帯低気圧と太平洋上の台風17号がぶつかったことで、関東地方北部から東北地方南部にかけて豪雨となった。その結果、鬼怒川が決壊し甚大な被害がもたらされた。
「当時、被災地の状況がほぼリアルタイムで報道されていました。テレビに映し出される映像を目にして、当社の会長と二人でこれは耐水害の住宅を造らなければと語ったのがこのプロジェクトのスタートでした。多くの言葉は交わしませんでしたが、“やるしかない”と二人とも同じ気持ちになったんだと思います」(萩原氏)
というのも、もととも一条工務店は、建てて終わりではなくアフターフォローに定評のあるハウスメーカーだ。それは災害に対しても例外ではない。
一条工務店では30年の長期保証を通常サポートとしているが、災害時にはなんと各家庭の安否確認まで行う徹底ぶりだ。地震や水害など災害があれば、担当者が総出で安否確認にあたり、無償サポートとして復旧ボランティアまで行うという。安否確認ができるアプリケーションまで独自開発したほどだ。
「近年は、水害からの復旧サポートを行うことも多くなりました。浸水をした家で大変なのは、床下の泥の排除と排水です。床下点検口からしか出口がないため、当社の社員が駆け付けて人海戦術で泥を掻き出すようなことをやっていました。そのうちに特殊な掃除機を開発し、自動排出もできるようになりましたが、それでも人手と時間はかかります。お客様に至っては新築で建てた直後に水害に遭う切ない事例もありました。なんとか未然に防ぎたい。その一心で耐水害住宅の開発をスタートさせたのです」(萩原氏)
それまで、高気密住宅や耐震設計など安全性に対し様々なチャレンジをしていた同社だけに、当初萩原氏は耐水害住宅も「1年くらいで完成させられるのではないか」と楽観視していたという。しかし、水に対する挑戦は簡単なものではなかった。耐水害住宅をお披露目するには、それから5年もの歳月がかかったという。それだけに、ここに提供されている「耐水害住宅」は、いくつもの挫折とブレークスルーを繰り返し、アイデアを重ねた結果になっている。
建材を自社グループで開発できる強みと技術で実現させた「耐水害住宅」
ではいったい「耐水害住宅」はどういった仕組みで、水害から家を守ることができるのだろうか?
1つ目のポイントは、水が入る隙間を徹底してなくした「浸水対策」になる。まずは「フロート弁付き床下換気口」で止水の自動化を実現した。普段は床下に外気を取り込む換気口なのだが、水が浸入してくると弁が浮いてフタとなり、床下への浸水を防止できる仕組みだ。
また、玄関ドアは壁とドア枠を一体化させ隙間をなくしたほか、水の浸入口となる鍵穴の位置を高めに設置し、ドアとドア枠の間には独自開発の水密性の高い中空パッキンを採用する。また、サッシには高水圧に耐えて水を浸入させない「強化ガラス」を採用している。
2つ目のポイントは「逆流対策」だ。
水害で問題になるのは、「真水ではなく下水道などの汚水が浸入すること。衛生的な問題やニオイがより被害を拡大し、復旧のための費用がかさむ」と萩原氏が言うように、いかに逆流を防ぐかもポイントになる。そのため、一条工務店では、専門メーカーと共同で床下の排水管用に「逆流防止弁」を開発した。水害によって水かさが増して汚水が逆流するようなケースでも自動で弁が閉じて屋内に溢れるのを防ぐことができる。一般的な水害時の対策としては、土のうなどを排水溝に置く方法が紹介されているが、こうした手間もなく自動で家が逆流を防いでくれるというわけだ。
さらに3つ目のポイントがライフラインを確保する「水没対策」になる。
災害が落ち着いた際に、電気やガス・水道などのライフラインが使えなければ意味がない。そこで、エアコンの室外機や外部コンセント、太陽光発電のパワーコンディショナー、蓄電池などは水没しにくい高さに取り付ける独自の技術を編み出した。電気の給湯システム「エコキュート」も水に弱い屋外機や基盤などの電気・電子部品は本体上部に配置し、本体の一部が水没しても稼働できるなどメーカーとの共同開発に成功している。
これだけ見てもわかるが、とにかく水害から家を守るためには、細かな建材やパーツを開発していく必要がある。専門メーカーとの共同開発もさることながら、「耐水害住宅を開発できた背景には、当社がほとんどの建材を内製していることも幸運であった」と萩原氏は振り返える。
画期的な水害対策としての「耐水害住宅」の仕組みは基礎にある
浸水対策、逆流対策、水没対策を徹底した上で、一条工務店が直面したのは水害の際の浮力とどう向き合うかの課題だった。浸水を止めて水密性を高くすればするほど、住宅は浮いてしまう。
そこで、まず同社が開発したのは「スタンダードタイプ」と呼ばれる水を重りにして浮力から守るもの。建物が浮上する危険がある水位になると床下注水ダクトから床下に水を引き込み、重力により浮力に対抗する仕組みだ。水深が1メートル程度の水害であれば、大方このスタンダードタイプでも床上浸水を食い止めることができる。
ただし、水深がそれ以上になると、床上浸水をさせずに浮力に抗うのは難しくなる。そのためさらに研究開発を進めてたどり着いたのが、なんと家を浮かせて水害から守る「浮上タイプ」である。これは、家が完全に水没するような水害に見舞われても、被害を最小限に抑えられるように、あえて家を浮かす仕様だ。
画期的な水害対策としての「耐水害住宅」の浮上の仕組みは基礎にある。
まず、基礎構造を二重にし、通常のベタ基礎の下にコンクリートを敷く。その上で、家の四隅にポールを設置し、それを専用ダンパー付きの係留装置で建物とつなぐ。これにより、洪水の際に建物は安定して浮き上がり、常に建物とポールの距離を一定に保ち、水が引いた際にはほぼ同じ位置に着地することを可能にした。電気幹線は余裕をもたせ、建物浮上時の外壁破損や断線も防止する。
「通常、洪水で家が浮上すると地中の基礎ごと引き抜かれるために、土砂が流れ込んだり、地面が削れて水平に着地することが難しくなります。ですが、この二重構造の基礎であれば下がコンクリートなので水平に着地がしやすい。もし、何か障害物が挟まったとしても、ジャッキなどで家を持ち上げて、簡単に障害物を取り除けるので、ほぼ元の建物の状態で戻すことが可能になります」(萩原氏)
防災科学技術研究所との協業で、実大実験も綿密に
「水に浮かぶ家」というのは、センセーショナルだが、萩原氏はこの手法を目指したわけではなく、どうやったら家を守れるのか、一つひとつ現実的な解答を考え続けてきた結果が形になったものだという。
「そもそも、最初に水害対策を考えたら、建物を重くして1階をRC構造にし、その上を木造にすればよいわけです。ですがそれでは建築コストがかかりすぎます。普及しやすいコスト感でなければ意味がありません。そのための試行錯誤の連続でした。係留装置をとってみても最初はワイヤーを使っていたのですが、緩ければ元の位置に戻ることができず、きつくすれば浮上しない。この難関を免震住宅の開発担当者の発案によって、自動車用のサスペンションの部品をつかったことで、専用ダンパー付きの係留装置にたどりつきました。本当に一つひとつ地道に問題を解決してきた結果です」(萩原氏)
一条工務店では、長年耐震研究などで、国立研究開発法人防災科学技術研究所に社員を出向させていた経緯もあり、同研究所のつくばにある最大で1時間に300ミリメートルの豪雨を再現できる世界最大級の散水施設を利用できた。官民共同の水害被害の軽減プロジェクトとして、実大実験を繰り返し行えたことが今回の「耐水害住宅」を実現させた1つの要因でもあると同時に、胸を張って提供できるものになっているはずだ。
構想から5年の時を経て誕生した「耐水害住宅」は、特に水害を経験した地域では、高い確率で採用されているそうだ。地方や郊外の方が水害に対する意識は高いようだが、東京都内も危険性は高いはずだ。海抜の低い下町地域などは一度、河川が氾濫してしまえば広範囲で水没するとハザードマップにも明示されている。命を守るため、生活を守るため、ぜひともこうした災害に強い住宅が普及していくことを期待したい。
2021年 05月24日 11時00分
福島 朋子
フリーランスライター/編集者
フリーランスライター/編集者。1974年生まれ。日経BPコンサルティングでクロスメディアコンテンツの制作などに従事。2012年にフリーランスに転身。3人姉妹の長女として、都内にある“狭小住宅の実家”に悩む日々。読者目線で住まいのお悩みに迫ります!
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