オフィスの共通言語は英語で、社員の5割が外国籍。イスラム教徒のメンバーは時間になると勤務の手を止めて祈りを捧げ、金曜夕方にはスナックとビールを片手に談笑が始まる。ここは本当に日本なんだろうかと疑うほど、インターナショナルなオフィス環境とダイバーシティなスタッフの面々……。そんな会社では、一体どんなコミュニケーションが繰り広げられているのだろうか。
「超高速ウェブ翻訳サービス」を標榜して急成長を遂げている株式会社Gengoは、2009年の設立以来、一貫して経営戦略としてのダイバーシティを実践してきた。多様なバックグラウンドを持つチームをまとめるチームビルディングの心得とは?創業者でありCEOのマシュー・ロメイン氏に話を聞いた。
■東京オフィスの半数が外国籍や二重国籍のメンバー
――株式会社Gengoは人種や国籍、宗教も異なる、さまざまなバックグラウンドを持つメンバーが集まっているそうですね。
東京オフィスのスタッフは約30名、その約半数が外国籍のメンバーです。8人いるマネージメント・チーム(経営陣)の出身地もアメリカ、イタリア、台湾、日本とみんな違うし、二重国籍のメンバーも何人かいますね。海外には、カリフォルニアのサンマテオとフィリピンのマニラに支社があり、ヨーロッパでも4~5人がリモートで働いています。全社のフルタイム勤務の社員をあわせると合計60名くらいですね。
今、全世界でインターネットを利用しているユーザー数は約40億人です。これほど多くの人々がネットでつながるようになると、言語の壁も生まれてくる。でもせっかく遠く離れた人とも簡単にコミュニケーションがとれる時代になったのに、言葉の問題のせいでつながれないのはすごくもったいないですよね。
私たちのミッションは“Communicate freely”。誰でも簡単にウェブで翻訳を依頼できる、クラウドソーシングの翻訳サービスを提供する企業として始まりました。現在は37ヶ国語の翻訳に対応しています。そういうミッションを掲げる組織には、当然ながらダイバーシティ経営が必要になってくる。その時に活きてくるのは、自分自身がマイノリティの立場に回ったときの経験なんです。
■マイノリティ経験がダイバーシティに活きる
――「マイノリティの立場になった体験」がダイバーシティ経営のコミュニケーションに活きてくるんですか?
たとえばあなたが日本人なら、海外に旅行したときのことを思い出してください。外国に行くとあなたはマイノリティになりますよね?そういう環境に身を置き続けるのは大変なことだし、苦労もたくさんある。言葉が違えば、コミュニケーションのミスも起きやすくなる。
けれど、自分自身がそうした経験を過去に持っていれば、同じような立場に置かれた他者へのempathy(共感)が高まります。そういうベースがあれば、ダイバーシティでコミュニケーションがうまくいかないのは相手の人格に問題があるとかそういうことじゃない、という事実に気づきやすくなる。異なる環境、文化で育ってきた人が何を考え、どう感じるのか、ということが想像しやすくなるんです。
――ロメインさん自身もマイノリティになった経験があるんですか?
もちろん。私はアメリカ生まれですが日本人の母とアメリカ人の父を持ち、日米をだいたい8年スパンで行き来しながら成長してきました。米スタンフォード大を卒業後、日本のSONYに新卒入社したのですが、当時はまったく日本語が話せなかった。19人いる同期の中で、日本語が全然ダメなのは私だけでした。出だしから「ジコショウカイってなんだ?」というレベル。最初の数ヶ月間はとにかくコミュニケーションで苦労しました。
SONYでは研究開発者として雇われたのですが、入社してすぐに秋葉原で販売研修を受けました。日本語がわからないのに家電量販店で接客するのは本当に大変でしたね。でも、周りに助けてもらったり、逆に外国人観光客の対応では自分がサポートする側に回ったりと、英語ネイティブだからできたこともあって自信になりました。今振り返ってもあれはいい経験だったと思ってます。
日本独特のビジネスマナーにも最初は戸惑いましたね。タクシーやエレベーターの乗り方とか、電話の取り方とか、「本音と建前」というやりとりもものすごく複雑に感じました。日本で働く外国人はみんな何かしらそういう経験があるので、未だにそういう話で盛り上がることもあります(笑)。
弊社のほとんどの社員は海外在住経験があります。つまり異国でマイノリティになった経験を持っている。そこがコミュニケーションをうまく進めていく上でプラスになっている部分は大きいと思いますね。
――それでも業務を進めていく上で、意見の相違が生じる時はありますよね?
もちろん。マネジメントミーティングの最中は、意見が対立して激しい議論になることもありますよ。みんな言いたいことを言うのでしょっちゅうです(笑)。でも「私たちは最終的に、何のためにこの仕事をやっているのか」というコアの部分、企業としてのグローバルなミッションをしっかり共有できていれば、解決できない問題はない。そこさえクリアになっていれば、最適なオプションは明確になってきます。
■チームビルディングの秘訣は「金曜夜のおしゃべりタイム」
――ロメインさんは、そんなダイバーシティなチームのリーダーとしてどのような工夫をされていますか?
まずひとつは、新入社員は最初の半年間、母国語じゃない言語のレッスンを受けてもらいます。社内の共通言語は英語ですが、それ以外の言語を学ぶことはダイバーシティを実現していく上で重要。講師を会社に呼んでマンツーマンのレッスンを受ける機会を与えています。
それから、月に1度はゲストスピーカーを招いて勉強会みたいなことをしています。先日はブルーボトルコーヒーのCFOの方に来てもらいました。他のグローバルな企業ではどんなことをしているのかを、ランチを食べながら気軽に情報共有する感じですね。いろんな業界について学ぶことも、ある意味ではダイバーシティ。まったく違う環境や業界の人たちのことを知り、直接交流することは、自分たちの成長にもつながります。
もっと気軽な取り組みとしては、毎週金曜の5時頃になったら、スナックやビールを用意して、おしゃべりタイムにしてます。プレミアムフライデーの先駆けみたいな感じだね(笑)。働くことはもちろん大事だけど、会社にいる時間の中にも楽しみを見出してほしい。あとは普段話す機会がない他の部署の人ともリラックスして話すことで、仕事上でもコミュニケーションがとりやすくなるというメリットもある。もちろん仕事を続けたい人は続けていいし、参加するしないも自由です。
――社外でアクティビティやイベントを行うことはありますか?
クォーターごとに社員の家族も呼んで、半日から1日のアクティビティをやっています。チームを組んで都内を走り回ってトレジャーハント(宝探し)をして、その後はみんなでバーベキューをしたり、夏なら屋形船に乗りに行ったりもしますよ。日本人じゃない社員にとっては、日本の文化を知ることにもつながりますからね。それを勤務時間にみんなでやります。
そういったアクティビティを定期的に行うことも、チームビルディングのひとつ。コミュニケーションって経験を重ねるほどにうまくなるものなんですよ。スポーツ選手が練習を積んで上手になるのと同じ。いろんな文化や風習が違う相手と話す機会が増えれば増えるほど、コミュニケーションはスムーズになります。
■「毎日が刺激的」ダイバーシティ企業ならではの強みと楽しみ
――Gengoとしてのダイバーシティ経営の強みはどんなところにあると感じていますか?
社内のメンバーだけで多様なアイディアが集まり、いろんな目線からプロジェクトに取り組むことができること。その上で、一番強いオプションを選択できる。そこがすごく強みだと感じていますね。
一方で、すべての企業がダイバーシティを目指す必要はないとも思っています。国内で限定したサービスや商品を考えているなら、無理にグローバル化する必要性はないですよね。ビジネスにもいろんな形がある方が自然だと思うんです。
昨年の11月に新しく設立したフィリピン支社は、時差もあまりないことから、常にリアルタイムで中継がつながっている
でも、もし会社としてダイバーシティをやると決めたら、そのために必要なことを実践していかなければいけない。たとえば、マイノリティになる体験に価値があると思うなら、出張や旅行などを通じてマイノリティになる環境にあえて飛び込んでいく。そうやって、働いている人をイメージしながら、色々なやり方でトライ&エラーを積み重ねる。そういう経験値はビジネスパーソンとしての成長にも必ずつながるはずです。
そして何より、ダイバーシティは楽しいです!アメリカに住んでいた時からいろんな人と会ってきましたけど、今でも会社で毎日のように新しい発見やサプライズがあります。そういう新鮮なもの、新しい刺激が日々会社で味わえるというのも、私たちの会社の強み、自慢のひとつですね。
(取材・文:阿部花恵 / 撮影:西田香織)
<マシュー・ロメインさん プロフィール>
1979年、日本人とアメリカ人のハーフとしてアメリカに生まれる。小中学校を日本のインターナショナルスクールで過ごした後、高校からアメリカへ。Brown Universityを卒業後、Stanford UniversityにてMusic Science and Technologyの修士課程を修了。新卒でオーディオ関連のエンジニアとしてソニーに入社。勤続4年で退社後、受託業務をメインとするWeb制作会社を立ち上げ、2008年にロバート・ラング氏とともにGengo(当時はMyGengo)を設立した。
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