パン屋は「国や郷土を愛する態度」にそぐわないのか。来年春から小学生が教科として学ぶ道徳を巡り、ある教科書の記述が文部科学省の検定意見を踏まえ「パン屋」から「お菓子屋」に変わった。「学校給食で協力してきたのに、裏切られた」。パン屋さんたちの怒りが収まらない。
このニュースが世の中を駆け巡った3月24日以降、インターネット上では「パン屋は非国民か」「あぜんとする」「フェイクニュースかと思った」などと盛り上がっている。
記述が変わったのは東京書籍(東京都北区)の小1向け教科書に載る題材「にちようびの さんぽみち」。祖父とよく散歩する主人公「けんた」がいつもと違う道を歩き、見慣れたまちの新しい魅力を見つける--という単純な内容で、この中にパン屋さんが出てくる。
ところが、この題材全体に「学習指導要領に示す内容(伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度を学ぶ)に照らし扱いが不適切」と検定意見がついた。文科省の担当者は「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つことの意義を考えさせる内容になっていない」と解説する。
指摘を受けて東京書籍は悩んだ末に「パン屋」を伝統的な和菓子を扱う「お菓子屋」に変更した。検定結果公表時、東京書籍の担当者は「(指導要領を)しっかり担保しなくてはいけないと感じた」と話した。詳しい経緯や感想を聞こうと同社に改めて取材したが応じてくれなかった。
「パン屋が日本の文化にそぐわないと言われたようで心外だ」と憤るのは、製パン大手21社で作る「日本パン工業会」(東京都中央区)の中峯准一専務理事。「小学生の女の子に将来なりたい職業を聞くとケーキ屋やパン屋は上位に入る。そんな子供の気持ちをどう考えるのでしょうか」
まちのパン屋さんの怒りも収まらない。
全国中小の製パン業者の団体「全日本パン協同組合連合会」(東京都新宿区)の西川隆雄会長は「郷土愛を伝えるのにパンはふさわしくないと言われたようで悔しい。洋服と同じくらい長く親しまれているのに……」と憤慨している。
西川さんも兵庫県加古川市の製パン業「ニシカワ食品」の社長。阪神大震災では他の業者とも協力して被災者に無償で配った。郷土愛は人一倍強い。「学校給食に携わるパン屋は全国に約1500社ある。もちろん商売ですが、懸命に作って届けています。『もう学校給食のために作りたくない』という声が仲間たちから上がってもおかしくありません」
一方、妙なかたちで注目を浴びた和菓子屋さんも困惑する。
「伝統的な食文化の一翼を担う和菓子が紹介され、子どもたちが授業で触れる機会ができるのは素直にうれしい」。全国和菓子協会(東京都渋谷区)の藪光生(やぶみつお)専務理事は慎重に言葉を選びつつ感想を語る一方、戸惑いも口にした。「パンも日本の食文化の一翼を担っている。パンと和菓子のどちらがいいのかという問題ではない」【大村健一】
「薄っぺらの愛国心」識者指摘
パン屋から和菓子屋への変更について、思想家で神戸女学院大名誉教授の内田樹さんの指摘は辛辣(しんらつ)だ。「検定で指摘を受けた教科書会社は『パン屋を和菓子屋にする小手先の修正で大丈夫』と予測し、実際その通りだったのだろう。それだけ検定側の知性が低く見られているということだ」。さらに「文部科学省の言う愛国心や伝統の尊重が薄っぺらな記号に過ぎないことは、出版会社の間で周知の事実だろう。知的退廃という以外に言葉がない」と論評した。
小中学校の「道徳の時間」は1958年にスタート。国語や算数などの教科とは異なる教科外活動で、検定を受けない「副読本」や教員が独自に作った教材が利用されてきた。東京書籍は「にちようびの さんぽみち」を2000年から副読本に載せ、「パン屋さん」という設定で長く親しまれてきた。
道徳の教科化は06年に第1次安倍政権が打ち出したが、文科相の諮問機関・中央教育審議会(中教審)が「心の中を評価することになる」と難色を示し、見送られた。12年末に発足した第2次安倍政権は、再び教科化を検討。14年にメンバーを入れ替えた中教審が教科への「格上げ」を求める答申を出して、実現した。小学校では18年春、中学校では19年春から授業が始まる。
教科化の背景にはいじめ自殺問題などがあるとされる。だが、森友学園の運営する幼稚園で児童が唱和していた「教育勅語」への安倍政権の姿勢とも合わせて、教育の右傾化を懸念する声が専門家から上がっている。【大村健一】
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